天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓疾患にかかりやすい血液型があるのは本当か

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 血液型がO型の人は心臓発作を起こすリスクが低い――。昨年11月に開催された米国心臓協会学術集会で、こんな研究報告がありました。

 インターマウンテン医療センター心臓研究所のチームによると、大気汚染が、心臓発作のリスクが高まる危険レベルに達したとき、A型、B型、AB型の人はリスクが2倍にアップするのに比べ、O型は1.4倍にしか高まらなかったといいます。

 別の研究でも、心筋梗塞や狭心症といった冠動脈疾患の発症リスクはO型が最も低く、O型に比べるとAB型は23%、B型が11%、A型は5%ほどリスクが高かったと報告されています。

 研究者によると、血液型をO型に決定する酵素が、冠動脈疾患を予防する働きに関わっているといいます。確かに、そうした要因も関係しているのでしょう。ただ、私の経験では、心臓疾患の発症に対して血液型による大きな差があるとは感じません。いずれの血液型もそれぞれ一定の割合で患者がいる印象です。

 それでも、いわゆる血液型占いでよく言われている「血液型気質」が、多少なりとも心臓疾患の発症に影響している可能性はないとはいえません。例えば、O型の人は「のんびりしていて、小さなことにはこだわらない性格」だと喧伝されています。科学的根拠はありませんが、そうした“情報”を頻繁に目にして自己暗示にかかり、その傾向に近づいていくことは起こり得ます。

 心臓病は、すぐにイライラして怒りっぽかったり、何事も徹底的にやらないと気が済まない性格の人がかかりやすいという報告があります。これは、よく言われるA型気質です。逆に、いわゆるO型気質の人はその正反対に当たるというわけです。いずれにせよ、血液型と疾患の関係は今後もさまざまな研究が進んでいくと思われます。

■心臓手術は最も血液をムダにしない手術

 血液型といえば、手術する際にかなり気を使う場合があります。AB型Rh(-)の患者さんです。

 血液型の分類法は一般的に知られているABO式だけでなく、たくさんの種類があります。Rh式もそのひとつで、赤血球膜の抗原の有無で分類されます。日本人の多くはRh(+)で、Rh(-)の人は0・5%だといわれています。中でも、AB型Rh(-)は2000人に1人しかいないといわれる希少な血液型で、手術で必要になる輸血の確保が難しいのです。

 これまでAB型Rh(-)の患者さんの手術を何度か行いましたが、その際は1週間以上前に赤十字血液センターに連絡を入れて輸血用の血液をストックしておいてもらい、前日にあらためて確認を行う周到な準備が必要になります。

 赤十字血液センターには、かつて献血の経験があるRh(-)のような特殊な血液型の人が登録されていて、定期的に献血をお願いしたり、緊急時に協力してもらえるような態勢が整えられています。輸血用の血液製剤は採取から3週間で有効期限が切れてしまいます。ですから、登録されているAB型Rh(-)の人は、献血に協力してもらえるように何度もお願いされているかもしれません。

 AB型Rh(-)の患者さんの手術では、血液製剤だけでなく、可能な場合は術前に本人から採血して貯蓄した血液を使う「自己血輸血」も行います。手術を受ける前に通院してもらい、造血剤を服用しながら2週間で400㏄ずつ血液を貯蓄していきます。採取した血液は冷凍保存して、手術の際に解凍して使います。順天堂医院では、通常の手術なら800㏄、大きな手術であれば1600㏄の自己血を用意して臨みます。

 もっとも、心臓手術はいちばん血液をムダにしていない手術といえます。血液を循環させるポンプである心臓や血管にメスを入れるわけですから、輸血がないと成り立たないと考えられがちですが、実はそうではありません。なるべく出血量を少なくするような工夫をしたり、手術中に出た血液を安全に回収してためておき、再び体に戻す「術中回収式自己血輸血」という方法も行われています。

 常にいちばん近いところで血液と向き合っているからこそ、血液を大切に扱っているのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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