気鋭の医師 注目の医療

ウイルスサイズの医療ロボットが認知症やがんを治療する

片岡一則センター長
片岡一則センター長(C)日刊ゲンダイ
片岡一則(川崎市産業振興財団副理事長・ナノ医療イノベーションセンター・センター長/東大名誉教授)

 ミクロンサイズに縮小された人間が、患者の体内で難病治療を試みる――。

 約50年前の米国SF映画「ミクロの決死圏」で描かれた世界が現実になろうとしている。「ナノ医療イノベーションセンター」で、世界中が注目しているウイルスサイズの医療ロボット「ナノマシン」の実用化が大詰めを迎えているからだ。ナノとは10億分の1メートルの長さのこと。実現すれば入院不要のがんの日帰り治療や抗がん剤の大幅削減が可能になるという。研究を主導する東京大学名誉教授で同センター長の片岡一則氏(顔写真)が言う。

「医療ロボットというと電子回路や歯車などで作られた機械を想像されるでしょうが、そうではありません。実際のナノマシンは、シャンプーや清涼飲料水にも使われる生体適合性の高い高分子が会合してできるミセルという化合物に、抗がん剤などの薬剤を搭載したものを言います」

 ナノマシンが凄いのは、血液が高分子ミセルを異物と判断しないため血管内を自由に行き来できて、狙った病巣をピンポイントで攻撃できることにある。がんのように全身に散った病巣に対しても、より小さな副作用で、より大きな効果を生むことが期待できる。

 例えば、注射で抗がん剤を搭載したナノマシンを血管に送り込むと、全身のがん細胞に集まる。血管は栄養素や酸素を細胞に供給するため無数の穴が開いているが、急速に増大するがん細胞の血管の穴は正常な血管のものよりも大きい。そのため、正常な組織は素通りしてがん細胞に入るという。しかも、がん細胞はナノマシンが近づくと“敵だ”と判断して膜に包んで酸を放出して溶かそうとする。その刺激を受けると、ナノマシン自ら壊れ、中の抗がん剤を放出する。

「こうした刺激に応じて高分子ミセルは、内包薬剤を放出するという機械的動作を行う点で、広義のマシンと見なすことができます。それがマシンと呼ぶゆえんです」

■早ければ3年後に実用化

 すでに、ナノマシンを使った膵臓がん治療に対する臨床試験は最終段階にあたる第3相試験に入っている。早ければ3年後には実用化される見込みだという。がんに関してはほかに、ナノマシンががん細胞に集まる特性を利用してMRI(磁気共鳴画像診断装置)の造影剤を搭載することで、がんの早期発見を可能にする研究も進んでいるという。

 ナノマシンが狙う病気は、がんだけじゃない。脳腫瘍やアルツハイマー病といった脳の病気や高齢者に多い変形性膝関節症など、運動器や感覚器の治療のための最新ナノマシンの開発も進んでいる。

「脳には異物の侵入を阻むための血液脳関門というバリアーがあり、薬はもちろん、脳に必要なグルコースやアミノ酸以外は届きにくい。そこで、患者さんが空腹時にグルコース分子を表面に付けたナノマシンを注射する方法を開発しています。その後に食事をしてもらい、食事から得たグルコースとともに一気に脳内に侵入させるのです。この方法なら従来の100倍以上の薬を脳内に届けることができます」

 弾力を失い、すり減った関節軟骨に対してはメッセンジャーRNA(タンパク質合成の遺伝情報を写し取って伝えるリボ核酸)を搭載したナノマシンを注入することで軟骨細胞を刺激し、再生を促す研究も行っている。

「いずれはナノマシンが体内を24時間巡回し、勝手に病気の予兆を見つけて治療を行い、その情報を体外に知らせる、体内病院になるようにしたい。実現すれば、医療費が大幅に削減され、いつでも、どこでも、誰にでも、医療が受けられるようになる。それが目標です」

▽1974年東京大学工学部卒後、同大大学院修了。東京女子医大助教授、東京理科大基礎工学部教授などを経て、98年東京大大学院工学系研究科教授。2004年東京大大学院医学系研究科教授(兼任)、16年東大を定年退官と同時に東京大学政策ビジョン研究センター特任教授を兼務して現職。〈所属学会〉高分子学会、日本化学会、日本バイオマテリアル学会、日本DDS学会、日本人工臓器学会、日本炎症・再生医学会など。

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