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肺移植手術は末期呼吸不全から生還可能な唯一の治療法

吉野一郎教授
吉野一郎教授(提供写真)
吉野一郎教授 千葉大学医学部付属病院・呼吸器外科(千葉市)

 臓器移植の中でも、最も難易度が高いとされる「肺移植」。移植治療は呼吸器外科をはじめ約30もの診療科・部門が関わる。チーム医療で行われるので、国内で実施できる認定施設は9大学病院しかない。同院は、そのひとつ。どんな患者が肺移植の対象となるのか。呼吸器外科の吉野一郎教授(顔写真)が言う。「対象は重度の肺疾患をもつ患者さんですが、3つの条件を満たす場合に行われます。1つ目は『他に治療法がない』。2つ目は『2年生存率が50%以下』と、生命の危険が迫っている。3つ目は、移植によって『元気になることが予想される』が前提となります」

 全国的なデータで見ると、移植の適用となる疾患は、肺が線維化して硬くなる「間質性肺炎」や肺動脈の血圧が上昇する「肺高血圧症」などが多いという。

 肺移植には、脳死ドナーから両肺もしくは片肺を提供してもらう「脳死肺移植」と、健康な家族2人から肺の一部(右下葉と左下葉)を提供してもらう「生体肺移植」がある。そして脳死肺移植では、日本臓器移植ネットワークに登録をして順番を待つことになる。

「海外と比べて日本の脳死ドナーは極端に少なく、人口比では米国の40分の1です。それに、血液型や体格などの適合があるので、患者さんは平均2年半くらい待機していないと移植にたどりつけない。登録者の3分の1以上は待機期間中に亡くなっているのが現状です」

 運良くドナーの順番がめぐってきても、肺移植は手術関連死のリスクが15~20%と、他の手術(肺がんは約1%)と比べて格段と高い。

 また、移植が成功しても、拒絶反応の防止で免疫抑制剤を生涯服用する必要がある。慢性拒絶反応や感染症などから、世界的に肺移植後の5年生存率は約50%、国内では約75%だ。

■酸素吸入なしでスポーツも

 認定施設として後発の同院は、2016年から肺移植を始め、これまでの実施数は5例(生体肺移植2例、脳死肺移植3例)という。

「1例は病気の進行が予想以上に速い特殊なケースで退院できずに亡くなりましたが、あとの4例の術後経過は極めて順調です。酸素吸入を必要とした患者さんがスポーツができるようになったり、入院で寝たきりだった患者さんが社会復帰しています。すべての適合がうまくいけば、末期呼吸不全からよみがえることができる唯一の治療法なのです」

 しかし、脳死ドナーの臓器提供の連絡は、予想もできず突然やってくる。移植のチームワークのレベルを常に一定に保っておかなくてはいけない。そのため同院が全国の施設に先駆けて始めたのが、「クリニカルアナトミーラボ」というシステムによる肺移植トレーニングだ。簡単にいえば、篤志献体組織から提供された“ご遺体”を使った移植手術のシミュレーション。最低年2回は行っているという。

 もうひとつ注目されているのは、マウスを用いた肺移植や肺再生の基礎研究を行っていること。現在、慢性拒絶反応に対する決定的な治療法が見つかっていない。それは人の臨床に応用可能な動物の実験モデルがなかったからだ。その最先端の研究を並行して取り組んでいる。

▽1987年九州大学医学部卒後、同大大学院修了。米国ハーバード大学留学、国立病院九州がんセンターなどを経て、2007年から現職。16年4月から副院長兼務。〈所属学会〉日本肺癌学会、日本呼吸器外科学会、日本移植学会など。

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