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骨格筋の新医学を切り開く 世界で初めて検出法を確立

藤井宣晴教授
藤井宣晴教授(C)日刊ゲンダイ
藤井宣晴教授 首都大学東京・大学院人間健康科学研究科(八王子)

 なぜ「運動が健康に良い」のか。その理由は一般では、運動が過剰な内臓脂肪を燃焼させ肥満を解消し、生活習慣病を防ぐためと理解されている。しかし、近年の大規模な疫学研究では、がんの抑制、アルツハイマー病の予防、うつや不安の抑制、免疫機能の向上など、肥満解消と直接関係のない多様な健康効果をもたらすことが分かっている。

 その運動の効果の謎に迫るのが「マイオカイン」の研究だ。国内の研究をリードする同大学院の藤井宣晴教授が説明する。

「これまで体内のホルモンは臓器からだけつくられるとされてきました。しかし、『筋肉からも体に良い働きをするホルモンのような生理活性物質が分泌されているのではないか』という仮説に基づいて、世界中で研究が進められているのです。その筋肉が分泌する数多くの生理活性物質のことを総称して『マイオカイン』と呼んでいます」

■特定したマイオカインは10種類以上

 マイオカインの分泌は筋肉の収縮(運動)によって高まる。この仮説は1960年代に報告されていたが、一気に注目されるようになったのは1990年代に人の筋肉を使った研究報告がされたからだ。ただし、そのときの研究は血液中のマイオカインを調べたもので、他の臓器からも流入している可能性があり、信頼性に乏しかったという。

 そして、藤井教授らがマイオカインの研究を始めたのが2008年。4年後には世界で初めて、筋肉のみから分泌される純粋なマイオカインの検出法を確立した。

「これまで約30種ものマイオカインが報告されていますが、中には検出法が曖昧で議論の余地のあるものも含まれます。私たちは間違いなくマイオカインに運動の健康効果があると考えていて、いいかげんな科学分野にしたくないので、慎重に研究を進めています」

 確立した検出法とは、筋肉細胞を培養して再合成した「培養細胞」を使った筋収縮モデル。これに電気刺激を与え収縮させることでマイオカインを分泌させ、その物資が何かを、ごく微量の物質でも同定できる質量分析法で検出する。この検出法を用いて、藤井教授らがこれまで特定したマイオカインは10種類以上になるという。

「マイオカインが特定できたら、次は作用や分泌機序を調べなくてはいけません。その研究には、遺伝子操作したショウジョウバエやマウスを使っています。マイオカインと他の臓器から分泌されるホルモンには同じ物質もあるのですが、それぞれ違う働きをしていると考えています」

 例えば、「アイリシン」というマイオカインは、普通の白色脂肪を、エネルギーを消費する「褐色脂肪」に変える作用があるとされる。「スパーク」は大腸がんを抑制。「IL―6」は筋肉の糖代謝を高めると考えられている。これらの働きが明確に証明されれば、将来、創薬や新運動療法に応用できるという。

「どんな運動をすれば、どんな種類のマイオカインが多く分泌されるかはまだ分かっていません。しかし、筋肉の質と量を保つことが大切であるとの研究報告が数多く出てきています。製薬会社も筋肉量を低下させない薬を開発中です」

 これまで見落とされていた「骨格筋の新医学」が誕生しつつある。

▽1994年筑波大学博士課程体育科学研究科修了。米国ジョスリン糖尿病センター、ハーバード大学医学部などを経て、2008年から現職。〈所属学会〉日本細胞生物学会、日本糖尿病学会、日本体力医学会など。

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