実録 父親がボケた

<18>「お父さんかわいそう」母は自宅介護したいと言うが…

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 入所して1カ月。多床室のほうも続々と埋まり、施設内は一気に人口が増えた。呼吸する管を通しているため、びっくりするほど大きな濁音を発し続ける人もいれば、徘徊(はいかい)して施設内パトロールをしている人もいる。玄関は中から外へ容易に出られない仕組みなのだが、業者が開けた隙を見て外へ脱走する人もいれば、一日中首をあり得ないほどの角度でうなだれて過ごす人もいる。

 そんな折、母の“あの病”が再発した。「お父さんがかわいそう病」である。父は要介護度4といっても、他の入居者に比べれば軽症に見える。「家に帰りたい」「こんなところに閉じ込められた俺の気持ちが分かるか?」。父は母に対してのみ、感情むきだしになって愚痴をこぼすので、母の中で再び罪悪感が鎌首をもたげてきたのだ。

 ほぼ毎日、電話で「死を待つだけの施設なんて、お父さんにはまだ早い。ショートステイとデイサービスをうまく組み合わせれば自宅でも大丈夫だと思うの」と話す。いやいや、あの「戦慄のインフルエンザ家庭内感染」や「地獄の16日間戦争」をもう忘れちゃったの? 母も認知症が始まったかと思うほどしつこい。

 ケアマネジャーにも相談したいと言う。多忙な人をつかまえて無意味な相談をしようなんざ愚の骨頂。気分は「サンデーモーニング」張本勲の「喝!」だ。

「今のまあちゃん(父のこと)は約3割がまともだけど、残りの7割は認知症患者なんだよ。認知症は今後どんどん進んで、まともなまあちゃんの割合は減るんだよ?」

 しかし、感情的になっている母にはまったく響かず。翌日、ケアマネにわざわざ時間をもらうことになった。

 ケアマネは穏やかな口調で「要介護度4で在宅介護は厳しいです。ご家族にお伝えしていませんが、夜中に排せつの失敗も多いです。特養を退所すると、その後何年も入所できないと思いますよ」と説得してくれた。驚くほどあっけなく納得する母。私も同様の話を散々したというのに!

 舌打ち百万回である。

吉田潮

吉田潮

1972年生まれ、千葉県出身。ライター、イラストレーター、テレビ評論家。「産まないことは『逃げ』ですか?」など著書多数

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