春は貝が旬です。身がふっくらとして、うま味が強く、栄養価も髙い。今回はあさりをメインにしました。
味付けにはナンプラーを使います。ナンプラーは、タイ料理に欠かせない調味料で、近海の小魚を塩蔵して発酵させた上澄み液、いわゆる「魚醤」の一種です。小魚の内臓に含まれる酵素がタンパク質を分解することでアミノ酸が形成され、塩気だけでなくうま味を伴います。独特の風味が、あさりのうま味をより、引き立ててくれるのです。
わたしはうま味を加えたいときによく、ナンプラーを使います。色の薄い物ほど上質とされ、和食との相性も良くなります。レシピに目安の分量は記してありますけど、ものによって塩分濃度が異なるため、最初は控えめに入れ、味見をしてください。ナンプラー独特の風味が、あさりのうま味をいっそう引き出すと同時に、塩分を補ってくれます。うま味を加えることが、結果として塩分を控えることにつながるのです。
夏に向けて旬のピーマンは、わたと種を丁寧に取ると苦味と臭みが薄くなります。にんにくは中の芽を除いてください。胃壁に悪影響を及ぼしますから。もうじき新にんにくに切り替わる時期だけに、芽が育っています。
料理は下処理が大切です。ほんのちょっとのひと手間を加えることによって、よりおいしく、より体に良いものをいただけます。
《材料》
・あさり(大きめ) 500グラム
・A……にんにくの千切り大さじ1とごま油大さじ1
・レモングラス 3本を小口切り(約大さじ1)
・じゃがいも 2個
(皮をむき厚さ7ミリの一口大に。水にさらしてでんぷんを抜いておく)
・チキンスープ 1カップ
・B……バジル1茎と白ワイン大さじ2
・ナンプラー 大さじ1~1と2分の1
・玉ネギ 中1個
(皮をむき縦半分に切り1センチ幅に)
・ミニトマト 6個
(ヘタを取り縦半分に)
・ピーマン 1個
(縦半分に切り、芯、種、わたを除き、長さ5センチ幅7ミリ幅に)
・白コショウ 少々
《作り方》
(1)あさりの砂を吐かせ、殻をこすり合わせて洗い水気を切る。
(2)中華鍋にAを合わせて中火にかけ、香りが立ってきたらレモングラスを加える。これにあさりを入れて炒め、水気を切ったじゃがいもを加える(写真)。
(3)チキンスープ、Bの順に加えたら蓋をする。あさりの殻が開き、じゃがいもに火が通ったら、ナンプラーを味を見ながら加える。玉ネギとミニトマトを加え、さっと火を通す。
(4)最後にピーマンを加えて火を止め、味を見て白コショウで調味する。
【あさりとじゃがいものタイ風炒め物】ナンプラーの風味が塩分を補う
今回の旬の食材はあさり。あさりの旬はちょうど今ごろ、春先3月から4月である。それはあさりが初夏の産卵に備えて身の部分にしっかりと栄養を蓄積しはじめる時期が今だから。ぷっくりとした身が貝殻の中に目いっぱい詰まることになる。あさりにはオスとメスがあり、夏前、海水温がもう少し高くなるとそれぞれ卵子と精子を放出する。両者は水中で受精、あさりの赤ちゃんが生まれる。その前にいただいてしまうのだからまずは感謝が必要、資源の保護のための計画漁業も必要となる。
日本の各地に貝塚遺跡が点在するとおり、縄文時代の昔から日本人はこの自然の恵みを利用してきた。あさりのもうひとつの面白さは貝殻模様の千差万別さ。これは遺伝子が決めているのではなく、あさりの個性による(貝殻成分と色素分泌の兼ね合い)。そしてあさり独特の海の風味はコハク酸による。化学的に見るとコハク酸はジカルボン酸という物質で、昆布だしのグルタミン酸と同じ仲間のうま味成分である。砂抜きの際、蜂蜜を数滴垂らしておくと、コハク酸がさらに合成されうま味が増す(コハク酸は糖から作られる)。
▽福岡伸一(ふくおか・しんいち) 1956年東京生まれ。京大卒。米ハーバード大医学部博士研究員、京大助教授などを経て青学大教授・米ロックフェラー大客員教授。「動的平衡」「芸術と科学のあいだ」「フェルメール 光の王国」をはじめ著書多数。80万部を超えるベストセラーとなった「生物と無生物のあいだ」は、朝日新聞が識者に実施したアンケート「平成の30冊」にも選ばれた。
▽松田美智子(まつだ・みちこ) 女子美術大学非常勤講師、日本雑穀協会理事。ホルトハウス房子に師事。総菜からもてなし料理まで、和洋中のジャンルを超えて、幅広く提案する。自身でもテーブルウエア「自在道具」シリーズをプロデュース。著書に「季節の仕事」「調味料の効能と料理法」など。
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