むしろ心拍数と体温が上昇 高齢者は扇風機が“毒”になる

重要なのは「気温」より「湿度」
重要なのは「気温」より「湿度」/(C)日刊ゲンダイ

 熱中症対策にエアコンは欠かせないが、「エアコンは苦手」という高齢者も少なくない。「エアコンは電気代がかさむぜいたく品」「すき間からエアコンの冷気が抜けて室温にムラがあり、気持ち悪い」などが主な理由だ。そもそも加齢や持病で温度を感じる機能が低下しているため、暑さを感じない人もいる。「夏は扇風機で十分」という人もいるのだ。しかし、ここにきて環境により扇風機の使用が危険な場合があるとの説が浮上している。本当はどうか? 「北品川藤クリニック」(東京・品川)の石原藤樹院長に聞いた。

「室温が42度を超えた状況では、高齢者は扇風機を使用しないほうがよいことが、複数の研究で示唆されています。扇風機を使っても高齢者の心拍数と深部体温が上昇することが分かったからです」

 若い人だと、扇風機で皮膚表面に噴き出した汗が蒸発することで気化熱により体温が下がるが、高齢者はそもそも汗腺がふさがり、汗をかく能力が低下している。そのため、扇風機の有効性も制限されるというのが理由だ。

 例えば、短パンのみの男性3人、短パンとスポーツブラのみの女性6人の計9人(平均68歳)を室温42度の部屋の中に座ってもらい、約90センチの距離から扇風機の風を浴びた場合と、扇風機を使わない場合とを比べた米国の実験がある。

 その結果、扇風機を使用すると心拍数が最大で9回/分上昇し、体内温度にも上昇が見られたという。

 例えば、湿度50%での平均深部体温は扇風機なしで約36.8度、扇風機使用時は約37度。心拍数は扇風機なしで79回/分、扇風機使用時は88回/分だった。

 読者の中には「大した差ではない」と思う人もいるかもしれない。しかし、この程度でも、心機能の低下した人には有害となる可能性があると石原院長は言う。

「実験では100分間しか比べていませんが、毎日、高温下でずっとこの生活を続けたら結果が大きく異なる可能性があります。特に高齢者は高血圧や動脈硬化症など、もともと心臓や血管に問題がある人が多い。深部体温の上昇が心臓に極度の負担を与え、高血圧や狭心症などの症状を悪化させる可能性があり、多くの研究者が報告しています」

 そもそも直腸温や膀胱温、肺動脈温などの深部体温は、視床下部にある体温中枢の働きで37度前後に設定されている。この体温が、ヒトの生命を維持するのに必要なさまざまな酵素を効率良く作用させるのに最適な環境だからだ。

 例えば、体温が41度を超えると酵素の変性や細胞内のエネルギー産生工場であるミトコンドリアの機能低下を起こす。その結果、細胞はエネルギー不足となり細胞障害が起きる。これを避けるために、猛暑で気温が上がると、体温を下げるメカニズムが働く。

「深部体温が上がると内臓の熱を血液が吸収。熱がこもった血液が皮膚下の血管に集まり、そこから染み出した水分を汗として放出して血液を冷却します。若いうちはこのシステムが正常に機能しますが、高齢者は低下する。そのため深部体温が急上昇して内臓に異常が起きるのです」

 こうしたことから世界保健機関(WHO)も、猛暑から体を守るガイドラインとして、「気温35度以上の場合、扇風機の使用では熱中症は予防できない」と注意を促している。米国環境保護庁も、室温が32度以上になったら、扇風機を自分に向けてはいけない、としているという。

■重要なのは「気温」より「湿度」

 これを額面通りに受け止めていいのだろうか。

 本当に気温が高いときの扇風機使用が危険なのかどうかを調べるための研究が豪シドニー大学の研究者らによって行われ、その結果が米国内科学会発行の学術誌「アナルズ・オブ・インターナル・メディシン」に掲載されている。

 それによると、扇風機が体の負担や不快感を緩和するか体への害となるかは、気温よりも湿度に関係していることが分かった。湿度が低いところで扇風機を使うと、むしろ暑く感じる上に心臓に負担がかかるのだという。

「実験は、12人の男性を対象にさまざまな気象条件を再現できる人工気象室で行われ、『非常に暑くて乾燥した環境』(気温47度、湿度10%、熱指数46)と『暑くて湿度が非常に高い環境』(気温40度、湿度50%、熱指数56)とで比べています」

 結果は、扇風機を湿度の高い中で使用した場合、深部体温が下がり、心臓血管への負担が軽減され、快適度も向上した。一方で、熱指数が低い、乾燥した環境で扇風機を使用した場合は、深部温度も心臓血管への負担もぞれぞれ上がり、実験参加者はより暑くなったように感じたという。

「この結果を見る限り、夏の湿度が高い日本では扇風機は欧州などよりもリスクが低いといえるかもしれません。しかし、高温下の高齢者の扇風機使用には限界があるのは明らか。高齢者はやはり、エアコンを使うべきでしょう」

関連記事