上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

負荷をかけ過ぎない運動や生活習慣が心臓を強くする

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 前回、心臓の健康増進に役立つと報告されているヨガのお話をしました。ヨガのような「負荷をかけ過ぎない程度の有酸素運動」は心臓を強くするのです。

 ほかにも、心臓にとってプラスになる運動や習慣はたくさんあります。体幹やインナーマッスルを鍛えて体全体を整えるエクササイズ「ピラティス」も適度な有酸素運動といえますし、「カラオケ」も大きな声を出して歌うことで血流がよくなったり、血圧を安定させたり、心肺機能を高める効果が報告されています。

「散歩」も心臓に有益です。そもそも、歩くことは術後の心臓リハビリの基本で、再発予防にも欠かせません。負荷をかけ過ぎないように、心臓がバクバクしない程度の強度で歩くことが大切です。

 患者さんには、電車で外出するときは、目的地の出口がある改札から正反対でいちばん遠いところにある車両に乗るよう心がけることを勧めています。たとえば、出口の改札がいちばん前だったら、いちばん後ろの車両に乗るようにするのです。すると、電車を降りてから車両の長さの分だけホームを歩くことになるので、適度な距離のウオーキングになります。

 いずれにせよ、自分が気に入った運動や習慣を心臓に負荷がかかり過ぎない程度に続けることが重要です。NHKで放映されている「みんなの体操」では、立った状態で行うものと座った姿勢で行うものの2通りの方法が流されています。心臓にトラブルを抱えている人など、全身を使った体操だと負担になってしまう人に配慮したメニューが組まれているのです。

 これまでも何度かお話ししていますが、負荷をかけ過ぎない=適度な運動の目安は、「心拍数が130を超えない」程度の運動になります。最大負荷のひとつ手前に当たる「亜最大運動負荷」と呼ばれている数値です。

 一般的には、体を動かして心臓が口から飛び出しそうなほどバクバクしたところが最大負荷と考えられます。心臓に不安がある人は、その一歩手前の亜最大負荷で止めなければいけません。 

 もちろん、それぞれの病状に応じて「適度な運動」の程度は変わってきます。まずは担当医にきちんと相談して、自分に合った運動や習慣を選択していくことが重要になります。ほかにも、入浴の方法やペットの飼育なども注意が必要な場合があります。熱いお湯につかったり、散歩の強度によっては心臓に大きな負担をかけてしまうケースがあるからです。

■自分を過信してはいけない

 自分にとって最適な強度や頻度の運動や習慣を確認すると同時に、「自分を過信しない」ことも大切です。私は健康だから大丈夫、もう治ったから問題ない……と思っていても、実際は病状が悪かったというケースもあるのです。

 去る5月、かつて日本外科学会会長を務めた医師が77歳で急逝されました。2006年に著名なプロ野球監督の胃がん手術チームのリーダーを務めた方で、低侵襲手術の第一人者でした。77歳のご高齢でしたが、普段からジムに通ってトレーニングを続け、会合にも積極的に参加するくらい意気軒高でいらっしゃいました。亡くなる直前にお会いした際もお元気だったので、訃報を聞いたときは信じられない思いでした。

 いつものようにジムで体を動かしてから帰宅すると「今日は調子が悪い」と言われたとかで、その後に状態が悪化して病院に搬送され、心不全でお亡くなりになったといいます。

 周囲もそうですが、ご本人も自分の体の状態がそこまで悪くなっていたとは想像もしていなかったに違いありません。著名な医師でも“まさか”というケースがあるのです。

 心臓になんらかのトラブルがある人はもちろん、心臓疾患の家族歴や生活習慣病を抱えている人は、自分で調子が良いと思っていても、必ず医学的な第三者評価を定期的に受けておくことが命を守ることにつながります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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