「臭覚検査」をきちんと受けるべき理由 鼻と嗅覚と記憶障害

子どもは勉強嫌いにも影響
子どもは勉強嫌いにも影響(C)PIXTA

 生物にとって嗅覚は最も早く発達した感覚器だ。生き延びるために食べ物を探したり、見えない敵をいち早く察知する必要があったからだ。しかも、嗅覚から得た多くの情報が脳を刺激し、脳を発達させる引き金となった。最近は匂わないことに鈍感な人が増えているが、人が匂いを感じなくなるのはなぜか、匂いを失うとどんなデメリットがあるのか? 自身の嗅覚を知るにはどのような検査があるのか? 「あさま耳鼻咽喉科医院」(茨城県古河市)の浅間洋二院長に聞いた。

「匂いを正常に感じることのできない状態を嗅覚障害といい、匂いの伝達経路のどこが障害されるかによって、①気導性②嗅神経性③中枢性の3つに大別されます」

①は匂いの分子を含んだ空気が匂いを感じる嗅粘膜に届かない鼻の病気(鼻ポリープ、アレルギー性鼻炎)にかかったとき、②は風邪や慢性副鼻腔炎による炎症で神経が変性したり、頭部外傷で匂いに関係する神経が障害されたりしたとき、③は嗅神経よりも中枢側に問題があり、匂いの情報が伝わっても、それを認識する脳に問題があるとき(アルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞など)に起こるという。

 人は約400種類の嗅覚受容体を持つ。鼻から空気を吸い込むと、鼻腔の天井部分(鼻腔天蓋)にある嗅上皮と呼ばれる特別な粘膜に匂いの分子が溶け込む。すると嗅細胞が匂いの濃度などに応じた電気信号を発生させ、その電気信号が嗅神経、嗅球、大脳辺縁系(本能や情動をつかさどる)にある海馬に直接的に伝わる。

「嗅覚情報は他の五感と違って直接的に海馬に届けられるために記憶と結びつきやすいといわれています。そのため匂いの喪失は脳機能を低下させ、記憶力を衰えさせることにつながる可能性があるのです。実際、記憶障害であるアルツハイマー型認知症も初期段階で匂いが感じられなくなることが報告されています」

 子供はアデノイド手術で鼻づまりが解消すると集中力が高まり勉強ができるようになるといわれる。酸素が楽に吸えるようになりストレスが軽減することも理由だろうが、五感のうちのひとつ、嗅覚機能が正常化することも一因かもしれないのだ。

 匂いの喪失は記憶や集中力の喪失だけにとどまらない。命を危険にさらすことでもある。

「匂いが感じられなくなると食事の楽しみが減るだけでなく、腐りかけの食べ物やガス漏れ、コンロの火の消し忘れなどに気付かずに危険な思いをすることにもなりかねません」

「がん探知犬」の例もあるように人は体調により体臭が変化する。虫歯や歯周病があれば強い口臭が出るし、胃腸が悪ければ酸っぱい匂いがする。

 相手の考えや思いを理解するうえでも匂いの喪失は大きなマイナスだ。人は緊張すると皮膚から「ストレス臭」を出すことがわかっている。性的興奮があれば、異性を強く意識する匂いを発する。女性が優しい気持ちになれば癒やしの匂いを発する。嗅覚を失うことは相手を理解するためのコミュニケーションツールを失うことでもあるのだ。

■手間がかかり過ぎて医療機関が消極的

 それだけ重要な感覚器にもかかわらず、自分の嗅覚が正常か否かの検査を多くの人が受けていないのはなぜか。

「医療機関が嗅覚検査に消極的だからです。嗅覚検査は手間暇がかかりすぎるからです」

 通常、耳鼻咽喉科医院で行われる嗅覚検査は①静脈性嗅覚検査②T&Tオルファクトメーター(基準嗅覚検査)③においスティック(スティック型嗅覚同定能力検査)④オープンエッセンス検査(カード型嗅覚同定能力検査)だ。

①はアリナミン注射液を静脈に注入して、注入開始からニンニク臭を感じ始めるまでの時間と感じなくなるまでの時間を計るもの。②は5種類の基準臭それぞれに8段階の濃度を設定。におい紙の端に8段階の濃度の液を浸して濃度の薄い方から提示して匂いを感じるまで濃度を濃くしていく方法。③は日本人に馴染みのある12種類の匂いの名前を選択肢から選ぶやり方だ。④は③のカード型である。

「①は現在9割以上の病院・診療所で行われている嗅覚検査です。しかし、感度・特異度とも高くはなく、基準嗅覚検査において正常でも静脈性嗅覚検査で反応なし(異常)と出ることもあります。②は医学会が推奨している検査ですが、普及していません。5種類のうち2種類は非常に不快な臭いで、検査を始めると部屋にこもり、衣類や髪の毛などについて簡単には取れなくなるからです。検査する側も完璧な脱臭設備がないとやりたくないというのが本音でしょう。④は簡便で有効ですが保険適用になっておらず、医療機関としては使いづらい側面があります」

 しかし、これらは病院側の都合に過ぎず、嗅覚検査が患者にとって視力検査と同等の必要な検査であることは間違いない。「あさま耳鼻咽喉科医院」ではこの4年間に約100人の嗅覚障害の患者を嗅覚検査で確認。適切な治療で嗅覚を取り戻し、その後、快適な生活を送っている患者さんも多いという。あなたの嗅覚は大丈夫?

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