野村克也さんも…「風呂で死ぬのが幸せ」は本当なのか?

プロ野球の元監督の野村克也さん
プロ野球の元監督の野村克也さん(C)日刊ゲンダイ

 プロ野球の元監督の野村克也さん(享年84)が入浴中に亡くなって10日余り。ネット上ではその生きざまに多くの称賛が寄せられている。その一方で「温かいお湯の中で召された」「うらやましい」との声も上がっていて、「お風呂の中で亡くなるのは幸せなこと」と考える人もいるようだ。本当だろうか?

 野村さんが自宅の浴槽でぐったりしているところを発見されたのは11日の深夜2時ごろ。お風呂に入って1時間以上も経つ野村さんを不審に思ったお手伝いさんがドア越しに声をかけたが返事がなく、戸を開けたら野村さんが浴槽の中で意識を失っていたという。

「お湯の設定温度は不明ですが、外気温が低い深夜の入浴ですから野村さんは熱いお風呂に長く入ったことによる熱中症で亡くなったと思います」

 こう言うのは、大阪府監察医でもある、千葉科学大学危機管理学部教授(法医学、救急救命学)の黒木尚長医師だ(以下、同氏のコメント)。

「人間は体温が40度を超えると、入浴中でもⅢ度熱中症の中枢神経症状(意識障害、けいれん発作など)を生じやすいことがわかっています。肩まで湯につかった場合、41度の湯なら33分、42度なら26分で体温が40度に達します。健康な人ならその前に、めまい、動悸、頭痛、嘔吐などの熱中症の症状によりお風呂から出るのですが、高齢者の場合は神経系の老化の影響でそうした症状を自覚しないまま、突然の意識障害に陥ることが多い。その結果、重篤な熱中症に陥ったと考えられるのです。その意味ではあまり苦しまずに亡くなったと考えていいでしょう」

 実際、野村さんの最期の表情はおだやかだったという。

 人間の細胞は一般的に42・5度以上で急速に死ぬとされる。細胞内には高濃度のカリウムが存在している。細胞死によりそれが血液中に流入することで高カリウム血症となると、電解質異常が生じて心臓が震える心室細動が起きる。すると血圧がゼロになり、即、心停止となる。

「浴槽内で顔をお湯につけた状態で発見されても海や川での溺死体のように肺の中から大量の水は見つかりません。顔をお湯につける前に本人も気づかない間に呼吸が止まり、亡くなるからでしょう。入浴中の溺死は少なく、溺死と判定されても、もがき苦しんだ形跡はほとんどありません」

 よくお風呂での急死とはヒートショックが原因か、といわれる。冬場の寒い脱衣場で服を脱ぎ、熱い湯船につかる。急激な温度変化により血圧の上昇が起きて一気に心臓に負荷がかかり、心筋梗塞や心不全といった病気を引き起こす。あるいは、お湯に胸までつかることで水圧で心肺が圧迫され脈が落ちて、血液を全身に送る働きが鈍る。お湯で体が温まると、体表面の毛細血管が広がり、全身の血液が皮膚に集まることで血圧が一気に低下。脳に必要な血液が回らなくなり意識障害が生じて入浴中の事故が起きると説明されている。

■入浴死の大半は熱中症死

 しかし、黒木教授は入浴中の高齢者の事故の9割は熱中症だという。

「65歳以上の男女3000人を対象にネットで入浴に関するアンケートを実施。入浴中に具合が悪くなった人を調べたところ、症状などから熱中症が62・2%、疑いがある人が22%に対して、ヒートショックの疑いがある人は入浴前後を合わせて7・1%に過ぎなかったのです。入浴中の突然死では解剖しても慢性疾患以外の原因を見つけることは難しい。そのため、そうした慢性疾患とヒートショックの症状と結びつけられて語られてきただけで、私は入浴中の事故の大半は熱中症だと考えています」

 人間の体は死亡後、いわゆる「死体現象」が起きてその姿を変えていく。湯船で亡くなった遺体はどう変化するのか?

「水の中につかっている水中死体は死後硬直などの死体現象が通常より遅くなります。人が亡くなると肛門付近の筋肉が緩み、糞尿が流れ出すといわれますが、入浴中に亡くなった人では湯船に糞尿が浮かぶというケースはめったにありません。お湯を飲んでも少量なので水膨れした遺体にはなりません。早く発見されれば亡くなって20~30分後くらいから現れる死斑も数時間出ないこともあります」

 逆に言えば、入浴死でも発見されるまでの時間が長ければ死体は腐り、醜悪な姿をさらすことになる。

 果たすべき役割を果たし、悔いなき人生を送った野村さんは幸いにも穏やかに旅立つことができたのかもしれない。しかし、誰もがそうなれるわけではない。浴室で裸のまま誰にもみとられず亡くなるのを避けたければ、お湯の温度は41度以下で湯船につかる時間は20分以内を目安にすることだ。

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