死なせる医療 訪問診療医が立ち会った人生の最期

在宅医療のキーワードは「神父とうんこ」そう話す意味とは

小堀鷗一郎氏
小堀鷗一郎氏(C)日刊ゲンダイ

 訪問診療をする小堀さんにはユニホームがある。神父の祭服にならった立ち襟のシャツだ。

「訪問診療医は家族の闇に踏み込むようなところがあります。連絡しても親の死に目に会いにこないとか、救いようのない世界が広がっている。カトリック信者の私はすぐに気付きました。これは医師というよりも神父の領域だと。それで格好をまねたのです」

 長年外科医として勤務してきた小堀さんにとって、初めて体験する在宅医療は、それほど衝撃的なものだった。

「地域医療・在宅医療に関わるようになって15年目の今でも毎日、新鮮な驚きがあります。例えば訪問するきっかけは、地域の住民から寄せられるゴミ屋敷の苦情だったりします。そこに行政が介入し、医師の診察が必要な高齢者が発見される。それで行政から依頼を受けた我々がゴミまみれの現場を訪れ、診療を始めるのです。そこは想像を絶する世界。まずはノミやシラミを持ち帰らないように気を付けなければならないのです」

 シャツは黄色と決まっている。

「冬はタートルネックを着ることもありますが、それも黄色の“うんこ色”です。部屋で山盛りになっていることもあるし、患者さんに付けられることもある。それでインターネットで安いものを探して着ています。在宅医療は『神父とうんこ』なんです」

■自治体を相手に戦うことも

 知り合いの“神父”を呼び、死期が迫った患者を祝福してもらったこともあった。

「ケアマネジャーの資格も持っている元神父で、『先生、よくこんな仕事をしていて鬱にならないですね』と驚いていました。こっちは毎日のように想定外の事態に直面するのですから、鬱になんかなっていられない」

 自治体を相手に戦うこともあった。80代後半で2人暮らしの高齢夫婦が、夫の認知症を理由に引き離されたのだ。

「ちゃんと生活ができていたのに、自治体の担当者が『何かあったら困る』と勝手に夫を施設に入れちゃったのです。妻からすれば、ある日突然、夫がデイサービスから帰ってこないのですから、必死に捜し回ります。交番で相談もしたけど、警察には“お触れ”が回っているから詳細を教えてくれない。息子2人も知らぬふり。それで日弁連に人権救済の申し立てをしたりしたのですが、結局、元に戻すことはできませんでした」

 医者と神父を兼ねても、力が及ばないことは多い。

(取材・文=稲川美穂子)

小堀鷗一郎

小堀鷗一郎

1938年、東京生まれ。東大医学部卒。東大医学部付属病院第1外科を経て国立国際医療センターに勤務し、同病院長を最後に65歳で定年退職。埼玉県新座市の堀ノ内病院で訪問診療に携わるようになる。母方の祖父は森鴎外。著書に「死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者」(みすず書房)。

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