なかなか良くならない拒食症に「集団家族だけ療法」

思春期で発症し、良くなっては悪くなるを繰り返す人が多い
思春期で発症し、良くなっては悪くなるを繰り返す人が多い(C)日刊ゲンダイ

 拒食症の治療で注目を集めているのが慶応義塾大学病院精神・神経科で通院・入院患者の家族を対象に実施している「集団“家族だけ”療法(以下、家族だけ療法)」だ。

 日本摂食障害学会評議員の精神科医で主催者の宗未来同大学講師(非常勤)に話を聞いた。

「重症拒食症に効果の高い外来治療は、事実上ないのです」

 欧米の治療指針で推奨されるのは認知行動療法だが、その適応は160センチ、38・4キロ以上(体格指数=BMI15以上)。日本で受けられる焦点版では160センチ、44・8キロ以上(BMI17・5以上)だ。ごく軽症の拒食症であり、本当に困っている大多数の患者は対象外になる。

 2018年に報告されたあらゆる外来の拒食症治療を比較した最新のメタ解析でも、有意に効果的な治療の存在が否定されている。命の危険性もある重症拒食症の治療選択肢は入院による栄養補給だけで、根本治療ではなく、退院後また痩せるケースも多い。つまり、拒食症本人やその家族は、信頼できる外来治療にたどり着けず、もがき苦しんでいるのが現状だ。そんな中、家族だけ療法は、草の根で成果を出してきたと宗医師らは言う。

 家族だけ療法は、摂食障害治療の現場で豊富な経験を有する濱中禎子元東京医療センター看護師長の提唱する方法論で、現在は宗医師や大森美湖東京学芸大学准教授らが、濱中氏を顧問として開催している。

「親さえ変われば、成人難治例であっても拒食症は治る。長年の臨床経験に裏付けされたこの考え方から、家族だけ療法では親にのみ集団指導を行い、従来の治療では必須の子供へのアプローチはしません。文字通り“家族だけ”が対象です」

 親たちに徹底的に強調するのは、我が子に対する「傾聴・共感」。人は会話で「感情を受け止めてもらえた」と感じない限り、話し手のターンは終わらず、「割り込まれた!」という苦痛が喚起され、助言や意見は全く入っていかない。

 逆に、親がひたすら子供の訴えに耳を傾け、気持ちを受け止め続けると、子供の親に対する信頼が回復し、拒食だけでなく、他の過食や万引、自傷行動、買い物依存といったさまざまな問題行動までもが消退していく。しかし、多くの親がこの当たり前のことができない(分からない)。

「成人の摂食障害で、親を治療の中心に据えるなど時代遅れも甚だしい、と批判を受けるのが現代医学の主流です。しかし、たとえ愛情からであっても親が無意識に繰り返し続ける不適切なコミュニケーションが、摂食障害回復を妨げていることは疑いようがありません」

■数年前は命の危機があった患者が「普通」の生活に

 こんな経験はないだろうか? 夫(妻)に自分の気持ちを理解してもらいたいだけなのに、全く耳を傾けてくれないばかりか正論をとうとうと述べられる。次第に「何を言っても無駄だ」とむなしくなり、場合によっては激しい感情や衝動が込み上げてくる。

「摂食障害の親子でも、同様のすれ違いが繰り返されている。親が大好きで繊細な子供ほど、親の顔色ばかりうかがうような言動を取ります。やがて“いい子”でいることに行き詰まり、その破綻が摂食障害や親を困らせる問題行動に走らせる。親に傾聴・共感を徹底して求めるのは、“どうせ理解してもらえない”という子供の、親への不信感を和らげ、親への信頼感を取り戻すのが目的です」

 月1回の家族だけ療法では(コロナの影響で今はオンラインでの限定開催)、毎回親子の関わりが報告され、それに対して宗医師らが、「どのような言動が共感的か」といった助言・指導をする。

 一朝一夕には結果が出ないが、数年前は命の危機を迎えていた拒食症の子が、今では大学生や社会人として「普通に」生活をしていたり、結婚し子供を育てていたりするエピソードは数え切れないほどある。

※拒食症は正確には「神経性やせ症」という病名だが、文中では分かりやすい拒食症を使用。

関連記事