上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

各専門科から集まったチームだからこそ有効なコロナ治療法が見つけられる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

「デルタ株」の登場から蔓延まではすさまじい速さで、新型コロナウイルスの感染拡大がさらに続いています。コロナ患者を受け入れている順天堂医院のコロナチームのスタッフは日々尽力しています。

 コロナとの闘いが世界各国で繰り広げられている中、有効だと考えられる治療について総論的にはわかってきましたが、はっきりしてるのは、エビデンス(科学的根拠)がまだまだ不足しているということです。多岐にわたる大規模な前向き研究(ある治療法を行った群と行わなかった群を比較してどれくらい治療の効果があったのかを分析する)は行われていないのが現状ですし、後ろ向き研究(病気が治った群と治らなかった群ではそれぞれどのような治療が行われていたのかを分析する)も対象の地域や民族に偏りがあり、日本では必ずしも当てはまらないケースが多いのです。

 つまり、新型コロナウイルス感染症に対する治療は、患者さんが重症化すればするほど手探りの医療になってしまうということです。そのため新型コロナによる肺炎では、やや手探りのように従来行ってきた手法で合併症対策が当たった医療機関は治療成績が良好、当たらなかった施設は成績が悪いという結果になってしまっています。

 幸いなことに当院のコロナ治療では良好な結果が出ています。要因はいくつかありますが、中でも大きかったのは重症肺炎による酸素化不良の治療手段として「ECMO(エクモ)は使わない」という選択をしたことでしょう。エクモとは体外式膜型人工肺と呼ばれる装置のことで、機能不全となった肺の代役として血液に酸素を送り込んで肺の回復を待ちます。高い救命率を誇りますが、装置を的確に扱えるスタッフが必要なうえ、命は助かっても治療後のQOL(生活の質)が低くなってしまうケースも少なくありません。

 当院のコロナチームは「いかにエクモが必要になる状態まで悪化させない治療を行うか」を重視し、それがスタッフの大きな使命になったのです。

 エクモを使わなくて済むためには何が必要かというと、早め早めに手を打って重症化させないことです。危ないかもしれないと判断したら、早い段階で有効だと考えられる治療を実施するのです。現時点では、ほかの疾患で使われている治療薬の投与が中心になっています。

 ただしその場合、たとえばアビガンやレムデシビルといった抗ウイルス薬や、リウマチ治療に使われるステロイド薬などでは、強い副作用が指摘されているものがあり、早めに投与するとかえって体にダメージを与えてしまう可能性もあります。ですから、ただやみくもに投与するのはリスクがあります。

 その点、順天堂医院は先進的な薬剤治療経験が豊富なので、たとえば抗がん剤などの強力な化学療法やステロイド薬の大量投与による副作用に対する有効な対処法といった経験がそれぞれの専門科に蓄積されています。そして、当院のコロナチームはさまざまな専門科から集まったスタッフで組織されているため、それぞれの経験に基づいた形で、コロナ患者に対して早めに手を打てることにつながったのです。

■臨床的な血栓症対策も実施

 仮にコロナチームが救急や循環器系の医師を中心とした編成だった場合、どうしても救命や蘇生に関する専門科集団になってしまうため、「最後はエクモがあるから何とかなる」という発想による治療になってしまいます。そうなると、治療の結果は以前から世界各地で報告されていた傾向と同じようなデータになってきます。一定のリスクがある人は一定の死亡率、一定の合併症が起こるということになり、結果的に長期療養になったり後遺症に悩む人が増えて、状況を打破する一手にはならないのです。

 当院のコロナチームは、薬物療法に加えてサイトカイン吸着療法を実施し、合併症で起こる血栓症への対策も行っています。体内の血液を体外の機械に排出し、特殊な膜を通過させてサイトカインを吸着してから体内に戻す治療で、仮に血栓ができていると膜が詰まって使えなくなってしまいます。そういう患者さんは血栓症が進行している状態だとはっきり判断できるので、その場合は抗凝固薬を投与し、血栓対策済みの膜を使用するなど、早めに効果的な対応が取れます。もちろん費用対効果も重要視しています。

 検査データだけでなく、臨床的に血栓症が進行しつつある状況かどうかをモニターできるため、コロナ患者が血栓症で亡くなったり重症化するケースが極めて少ないという結果が出ています。

 新型コロナウイルス感染症に対するサイトカイン吸着療法などの血液浄化療法は、世界中で効果があるのかどうか議論があり、実施しなかった施設も多くありました。そんな中で効果的な可能性があるのならと着目したところが当院のコロナチームの強みといえるでしょう。

 新型コロナ治療はエビデンスの壁という前門のトラ、変異ウイルスという後門のオオカミがまだまだ続く長い闘いなのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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