高齢化が進む日本では、心臓疾患とがんの関係がますます深くなっています。がん治療が大きく進化して生存率が向上している一方で、がんではなく心血管死する患者さんが増えているのです。実際、米国のがん患者300万人超を対象にした研究では、がん患者の10人に1人ががんではなく心血管死によって死亡しているというデータがあります。
その中で注意しておく必要があるのは、進歩したがん治療の影響で心臓に障害が起こるケースです。たとえば、従来の抗がん剤の中には、心臓への毒性が確認されている薬剤がたくさんあります。たとえば、肺がんや胃がんなどに対して使われるシスプラチン(一般名)をはじめとするプラチナ製剤は、腎機能への弊害を防止するためにある程度の輸液量を付加して投与されます。それによって心臓への負担が大きくなり、虚血性心疾患がうっ血性心不全の形で発症したり、逆に利尿剤を使用することで血栓塞栓症などの心血管疾患を引き起こすリスクも知られています。
また、肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、悪性リンパ腫など、使用頻度が高いアントラサイクリン系の抗がん剤は、不整脈、心筋症、心筋炎、心外膜炎といった心臓疾患が表れる場合があります。心筋に対する毒性があり、蓄積投与量が増えるにつれて心不全のリスクが高くなり、患者さんによっては遅発性の副作用が起こり、在宅中に急変をきたすケースがあることもわかってきました。
近年になって登場した分子標的薬の多くも、高血圧、心筋障害、冠動脈疾患、心不全の副作用が報告されていますし、オプジーボ(一般名:ニボルマブ)などの免疫チェックポイント阻害薬も、心筋炎、心房細動、心室性期外収縮などの心臓障害を起こすリスクが指摘されています。
抗がん剤ではありませんが、前立腺がんの治療などで使われるホルモン剤も、患者さんによっては一気にコレステロール値が上昇して動脈硬化の促進に傾くため、心血管疾患につながりやすくなるといわれています。
■放射線治療が影響するケースも
心臓に負担をかけるがん治療は抗がん剤だけではありません。放射線治療でも、心臓に悪影響を与えるケースがあります。近年の放射線治療は患部に対してピンポイントに照射できるようになってきましたが、それまでは広範囲に強く放射線を当てていました。そのため、たとえば乳がんで放射線治療を受けたことがある患者さんの中には、心臓付近の血管の石灰化が進んでいたり、弁にも影響が出て不整脈や心臓弁膜症を起こす人もいます。
以前、30代で乳がんの手術と放射線治療を受けたことがある70代後半の患者さんの心臓手術を行ったことがあります。その患者さんは、かつての放射線治療の“後遺症”によって、冠動脈狭窄、心臓弁膜症、不整脈を起こしていたため、10時間以上かけて冠動脈バイパス手術、弁形成術と弁置換術、メイズ手術を実施しました。
こうしたがん治療の影響によって起こる心血管疾患は、「がん治療関連心血管疾患(CTRCD)」と呼ばれています。がん治療を始めるまでは心臓トラブルとは無縁だった患者さんが、抗がん剤治療をスタートして数週間後に息切れや胸痛を自覚するようになり、循環器の検査を受けたところ心不全による心機能の低下を指摘されたといったケースは珍しくありません。心臓疾患は高齢になればなるほどリスクが上がります。がん治療の進歩によって、生存率が延びれば、今後はますますがん治療関連心血管疾患の患者さんが増えてくるのは間違いないでしょう。
ちなみに、がんそのものが心臓や血管に悪影響を与えるケースはほとんどありません。肺がんや食道がんなどの胸部外科領域のがんでは、大動脈などの血管や心臓にがんが浸潤し、最悪の場合、血管が破れて突然死を招く場合もありますが、とてもまれなケースです。
以前、肺がんが大動脈に浸潤していた患者さんの手術を実施したことがあります。肺がんに対しては担当の外科医が肺の切除を行い、私はがんが食い込んでいた大動脈を人工血管に交換する処置をしました。
このように内科も外科も含め、がん専門医はがんだけを、循環器内科医や心臓血管外科医は心臓疾患を専門的に診ればいいという時代ではなくなってきています。がんと心臓疾患の両方に詳しい医師の育成を進めながら、同時にがん専門科と循環器科の連携体制をしっかり整備すべきです。