心臓手術の名医が語るコロナ禍の治療最前線

コロナによる受診や手術控えは心臓に何をもたらしているのか

ニューハート・ワタナベ国際病院総長の渡辺剛氏
ニューハート・ワタナベ国際病院総長の渡辺剛氏(提供写真)

 新型コロナの日本人初感染が確認されたのが2020年1月28日。奈良県在住の60代の観光バス運転手だった。それから1年9カ月余りが経過したが、10月5日現在の国内感染者は累計170万5778人、死亡者1万7754人と当初は想像もできなかった惨事となっている。感染を免れた人を含めて多くの日本人が巣籠りを強いられているが、長期の巣籠りで気になるのは加齢で弱っていく中高年の体調だ。中でも世界で類を見ないスピードで超高齢社会に突入した日本では、高齢者の心臓への影響が心配だ。そこで、ニューハート・ワタナベ国際病院総長の渡辺剛氏に話を聞いた。

「新型コロナで心臓の持病を持つ患者さんやその予備軍の方たちが、新型コロナが不安で受診控えしていることをとても心配しています。心臓を専門に診る医師は東京などの大都市圏に集中しています。県境をまたぐ移動の中止や回避の勧告は患者さんの受診控えにつながり、病状が悪化するからです。急性の心筋梗塞、大動脈解離、大動脈瘤破裂といった、自覚があり、緊急を要する心臓や血管の病気は医療機関にかかるでしょうが、安定狭心症と弁膜症、不整脈といった心臓病は自宅でじっとしていれば自覚できません。患者さんは半年どころか、1年半も検診や治療の機会を失っているわけで、病状が進んでいる可能性が高い。緊急事態宣言等が全面解除されたいまは、ぜひ心臓や血管の検査をしていただきたいのです」

 実際、3カ月ごとに診ていた患者が新型コロナによる受診控えで半年、1年来院せず、受診したときにはかなり進行していた例が散見されたという。

「僧帽弁閉鎖不全症等で経過を見ていた患者さんは半年で心房細動など不整脈が慢性化し、弁逆流も高度になっていました。早く手術をしていれば不整脈は予防できたのにと悔やまれました」

 心臓は4つの部屋に分かれていて、全身から戻ってきた炭酸ガスを多く含んだ静脈血は右心房、右心室を通じて肺に運ばれる。そこで炭酸ガスを新鮮な酸素と交換し、左心房から左心室へと流れていく。そして、酸素をたっぷり含んだ血液は左心室の強い収縮力により大動脈を介して全身に運ばれる。このとき、血液が逆流しないように各部屋の出口には心臓弁があり、タイミングよく開閉することで血液の流れをスムーズにしている。この弁が正常に機能しなくなる状態が弁膜症だ。

「僧帽弁は、左心房と左心室の間にある弁です。弁膜症のひとつである僧帽弁閉鎖不全症は、僧帽弁逆流症とも呼ばれ、僧帽弁がうまく閉じなくなることで心臓が収縮するたびに左心室から左心房へと血液が逆流し、心臓に余計な圧がかかったり、肺に血液がたまったりする病気です。強い息切れや呼吸困難、疲れやすさ、不整脈、動悸などの自覚症状が出る場合もありますが、血液の逆流が軽度の場合は自覚症状がなく、その間に症状が進行することがあるのです」

 僧帽弁閉鎖不全症を放っておくと、心房細動を起こす場合がある。心房の筋肉がけいれんしたように細かくふるえ、脈が不規則となる病気で、この病気を発症すると心臓の中で血液が滞留してしまい、血栓(血の塊)ができやすくなる。それが血流に乗って脳まで運ばれ、脳の血管に詰まる脳梗塞を起こすことがある。また、心房細動になると脈拍が毎分120~150回に跳ね上がることがあり、心臓が耐えきれなくなって心不全を起こす場合もある。

 実は、こうした例は日本に限った話でなく全世界で起きているという。全米胸部外科学会の報告によると、2020年の全米での心臓血管外科手術件数は2019年の数に比べ53%減ったという。これにより、心臓の手術を待っている患者が多数死亡した可能性がある。実際、米国では平年よりも多くの人が亡くなる「超過死亡」が昨年30万人以上に上り、その中には少なからぬ数の心臓病患者が含まれているとみられている。

「米国は世界一新型コロナ死が多い。そのことから、多くの病院がコロナ患者を最優先して治療しています。特に呼吸不全に対しては人工心肺などが必要であり、そこに人工心肺士や心臓外科の医師が動員された結果、一部の心臓病の手術は不要不急の手術とされているようです」

 渡辺総長は知る人ぞ知る心臓外科の名手。ドイツ留学中の31歳のとき、心臓移植のチーフレジデントとして日本人最年少の心臓移植執刀医となった。1993年に人工心肺を用いない、心臓を動かしたままのバイパス手術(心拍動下冠動脈バイパス手術=ОPCAB)を成功。1999年には世界初の完全内視鏡下の冠動脈バイパス手術を行った。41歳で国立金沢大学医学部の心肺・総合外科の教授に就任。心臓アウェイク手術(自発呼吸下心拍動下冠動脈バイパス術)、外科手術用ロボットのダビンチを使った心臓手術など、国内初の手術を次々に成功させている。その渡辺総長でも、症状が進んだ心臓病は手の施しようもないケースもあるという。

「心臓病は発見が遅れるほど打つ手が少なくなってきます。ですから新型コロナが収まっているいまこそ、心臓を診ることが大切なのです」

渡辺剛

渡辺剛

1958年東京生まれ、ニューハート・ワタナベ国際病院総長。日本ロボット外科学会理事長、心臓血管外科医、ロボット外科医、心臓血管外科学者、心臓血管外科専門医、日本胸部外科学会指導医など。1984年金沢大学医学部卒業、ドイツ・ハノーファー医科大学心臓血管外科留学中に32歳で日本人最年少の心臓移植手術を執刀。1993年日本で始めて人工心肺を用いないOff-pump CABG(OPCAB)に成功。2000年に41歳で金沢大学外科学第一講座教授、2005年日本人として初めてのロボット心臓手術に成功、東京医科大学心臓外科 教授(兼任)、2011年国際医療福祉大学客員教授、2013年帝京大学客員教授。

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