独白 愉快な“病人”たち

整体が回復のきっかけに…作家の今野敏さんパニック障害を語る

今野敏さん
今野敏さん(C)日刊ゲンダイ
今野敏さん(作家/66歳)=パニック障害

 26、27歳の頃になんとなく食事がしにくくなったのが、今思うと「パニック障害」の始まりだったと思います。

 大学在学中に新人賞を取ったとき、賞を主催していた出版社の担当が、「うちの新人賞を取って食っているヤツはいないから就職した方がいい」と言うので、「3年間だけ」と決めて就職しました。

 小説を書きながら勤務して、予定通り3年で会社を辞める頃、いつも食べているものを見て「食べるの嫌だな」と思うようになったのです。常に外食でしたが、見ると「ウッ」となる感じで、「何だろうこれは……?」と思いました。

 会社を辞めて家に引きこもるようになるとそれがエスカレートしていき、いつのまにか電車に乗るのが不安になっていました。「乗ったら気分が悪くなるんじゃないか」と思い、外出が嫌でした。外食では、注文してから料理が出てくるまでが不安で耐えられない。何が不安かわからないけれど、「このまま倒れるんじゃないか」といったことを考えていました。

 そのうち喉が詰まるような感じがあったので耳鼻咽喉科に行きました。もちろん異常はありません。1年ぐらい通いましたが、らちが明かないので、いろいろ本を読んで調べてみました。それで、心療内科という専門科があることを知り、さっそく行って1年ぐらい通いました。

 でも、パニック障害になった人にとって心療内科は物足りないのです。心療内科はあくまで内科。パニック障害の人は神経科や精神科へ行ったほうがいいと思います。それに気づいて神経科クリニックへ行くと、精神安定剤が処方され、飲んだらグッと楽になりました。

 まず、よく眠れるようになりました。それまでは眠りが浅くて、ひどいときは30分とか1時間ごとに起きてしまっていましたから、眠れるようになったことが一番ありがたかったです。

 もっといえば、映画館や劇場といった「ある一定時間そこにいなきゃいけない状況」がつらくて嫌いでした。でも、安定剤があれば耐えられるようになったのです。徐々に電車にも乗れるようになり、旅行もできる普通の生活を手に入れました。

 結局、神経科クリニックには2~3年通いました。安定剤がないと不安だった時期も今は乗り越え、最近は眠れないときに飲む程度になっています。

■「整体」が回復のきっかけ

 回復のきっかけになったのは安定剤だけじゃなく、整体を始めたのが非常に大きかったと思います。若い頃から通っていた空手道場にパニック障害で2~3年行けなかったのですが、少し良くなった時期に、整体術を空手の師匠から3年間、毎週習いました。生徒同士でペアを組んで、お互いに整体をやり合ううちに体がほぐれて、気持ちが急に楽になる感覚があったのです。

 パニック障害の人は、無意識に体がいつも緊張しているんだと思うのです。バリバリに筋肉が硬直するので呼吸が浅くなって、息苦しいような気がするし、身体的にもいろいろな障害が出る。だから精神はとりあえず放っておいて、体をほぐすことを考えてもいいと思います。筋肉がほぐれると気分が変わり、身体的にも好循環が生まれます。パニック障害の人は試してみる価値はあると思いますよ。

■病気というよりもともとの「タイプ」

 仕事の面でパニック障害が支障になったかと言えば、それは皆無です。内省的になるので、むしろ作家にとって神経症は悪くない。普通の人が気づかない自分の心の動きに気づけるので、物書きにとっては必要な資質とも言えます。パニック障害のような神経症の人は、作家になればいいんじゃないかな(笑い)。

 パニック障害や神経症は病気というより、もともとの「タイプ」だと思います。それがある時期、いろいろなことが物理的に重なることによって急に表面化するのではないでしょうか。私の場合もきっかけはわかりません。これといった精神的ダメージがあったわけではなく始まりました。そして10年ぐらいは不自由な生活をしました。「一生このままかもしれない」と思っていた時期もありました。でも、「どんなことでも良くなるんだな」と今改めて思います。

 とはいえ、完治はしません。今でも完全に前向きな気持ちではなく、劇場や映画館ではなるべく端っこに座り、飛行機や新幹線の座席はいつも通路側を選んでいます。コロナ禍が始まった頃には、パニック障害の息苦しさが戻ってくるような感覚があり、少し不安になりました。ただそれも2~3カ月で治まり、今は本当に調子が良いです。

 10年ほど前からは高血圧の薬を飲むようになり、5年前には「食道がんの疑いがある」と言われ、大学病院に行きました。結果、何もなかったのですけれど、それをきっかけにお酒とたばこを同時にやめました。以来、定期的に胃カメラ検査を受けています。まあ、年齢を重ねるといろいろありますよ(笑い)。

(聞き手=松永詠美子)

▽今野敏(こんの・びん) 1955年、北海道生まれ。大学在学中にデビュー作「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。卒業後、レコード会社勤務を経て、81年から執筆に専念。2006年に「隠蔽捜査」で吉川英治文学新人賞、08年には「果断 隠蔽捜査2」で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞を受賞した。ドラマ「警視庁強行犯係・樋口顕」など人気シリーズ多数。最新刊「ボーダーライト」が発売中。

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