上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「貧血」の人はヒートショックを起こしやすい素因がある

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回、冬の入浴で注意すべき「ヒートショック」について取り上げました。寒い環境からいきなり熱い湯につかると急激な温度変化によって血圧の急激な上下動が起こり、心筋梗塞や大動脈解離、不整脈、脳卒中といった疾患を引き起こす現象です。中でも、高血圧で降圧剤を服用している人、“隠れ弁膜症”の高齢者は、ヒートショックを起こしやすい“素因”があるので、とりわけ気を付ける必要がある、というお話をしました。

 ほかにも、日頃から慢性的に貧血がある人は要注意です。貧血=血液中の正常な赤血球の量が少なくなる状態になると、心臓の拍動数が増加する「心悸亢進」という症状が表れます。貧血による体内の酸欠状態をカバーするため、心臓がフル回転して少しでも多く血液を循環させようとするのです。その分、心臓には大きな負担がかかり、狭心症、心筋梗塞、心臓弁膜症では心不全といった心臓疾患を発症しやすくなります。

 こうした慢性的な貧血で心悸亢進がある人は、熱い湯につかって体温が急上昇すると、急激に血圧が低下したり、心房細動をはじめとした不整脈が起こるケースがあるのです。

 貧血は高齢になると起こりやすくなります。年をとれば、それだけで貧血予備群に該当するといえます。また、腎臓の機能が少し落ちて、赤血球の産生を調節するエリスロポエチンというホルモンの産出が減ると、貧血の症状が表れます。

 ただ、よほどひどい貧血でない限り、医療機関に出向いて採血検査を受けようという人は少ないでしょう。健診や人間ドックの検査で貧血の傾向が見られても、医師がその原因をはっきり特定し、治療介入するケースはきわめて少ないといえます。そのため、貧血を放置している人も少なくありません。

 そんな状態で、これからさらに寒くなる時季を迎え、屋外と室内の温度差がさらに大きくなる環境で生活したり、年末に向けてせわしなくなってストレスが増えると心臓への負担が大きくなり、余計にヒートショックが起こりやすくなります。貧血がある人はもちろん、予備群である高齢者はやはり注意して入浴すべきです。

 ちなみに、大腸がんなどの消化器系がんがある人は、徐々に貧血が進みます。該当する人はヒートショックにも気を付けてください。

■リラックス効果はプラスに作用

 ここまで、入浴の注意点についてお話ししてきましたが、もちろん、入浴には心臓にとってプラスになる点もたくさんあります。

 中でも、大きいのはリラックス効果です。

 われわれは、リラックスしているときに副交感神経が優位になります。副交感神経が優位になると、心拍数が抑えられ、血管が拡張して血圧も低下します。その分、心臓の負担が減って、疲弊を回復させるのです。

 入浴に精神的なストレスを感じる場合、熱い湯につからなければならないとか、習慣として義務的に入らなければならないといったように、入浴=自分が気に入らない状況を受け入れる……といった状態になっています。これでは、心臓にとってもマイナスです。

 そういう人は、好みの入浴剤を使ってみるのもいいかもしれません。最近は、全国各地の温泉の成分を配合したものや、さまざまな香りや色で五感を楽しませるような多種多様な入浴剤が豊富に揃っています。アスリートの中には、効率よく血流を促進したり、新陳代謝を促す重炭酸ソーダを含んだ入浴剤を使っている選手がたくさんいます。

 このように、「自分が好みで選んだ」入浴剤を使うと、入浴=気に入らない状況ではなくなり、自分にとって入浴はリラックスできる空間・時間になります。そうなれば、副交感神経が活性化して、心臓にとってもプラスになるのです。自宅にリラックスできる空間と時間をつくることは、とりわけ活動的ではなくなってくる高齢者にとっては大切です。

 せっかく習慣的にお風呂に入るのですから、うまく利用して健康に役立てましょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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