上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

冬の脱水を防ぐ水分摂取は「出た分を補充する」を心がける

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回、空気が乾燥している冬は「脱水」を起こしやすいので要注意というお話をしました。脱水状態になると、血液の量が減るうえに粘度も上がり、血液が流れにくくなります。心臓は、そんな血液を体全体に送るために心拍数を増やすので、負担が増大するのです。心臓機能が低下しているトラブルを抱えている人は心房細動を発症しやすく、心筋梗塞や心不全といった心臓病の再発なども起こりやすくなります。

 冬はただでさえ湿度が低いうえに暖房器具を長時間つけっ放しにしていることも多いため、脱水傾向が強まります。しかし、日常的に脱水傾向に傾いたままの状況で生活していると、われわれが持っている環境への適応力によって喉の渇きもそれほど感じなくなり、水分を摂取しなくてもしのげてしまう生活に傾きます。そのため、心臓の機能が落ちている高齢者や基礎疾患がある人などは、気づいたら脱水から深刻な心臓トラブルを招いてしまった……といったケースが珍しくありません。

 こうした脱水を防ぐためには、こまめな水分摂取が望ましいといわれます。冬のように湿度が低くて室温が高い環境では、自覚がないまま水分が体外に排出されていますから、定期的に水分を補給する必要があるのです。

 ただ、先ほどお話しした人間の適応力や、高齢になると喉の渇きを感じにくくなります。喉が渇いていないのに無理やり水分を補給するというのは、なかなか難しいという人もいるでしょう。そうした場合は、「出た分は補充する」と意識しておくことが大切です。一般的な体重の人であれば、1日に1リットルくらいの水分を尿として排出しています。ですから、少なくとも1日1リットルの水を食事以外から摂取することを心がければ、極端な脱水状態にはなりにくいといえます。

 もちろん、いっぺんに1リットルの水を飲むのは大変です。そこで、朝起きたときや夜眠る前には必ずコップ1杯の水を飲むとか、食事ではアルコールや清涼飲料水以外にグラス1杯の水を補給するといったように、「生活の中の行動に合わせて必ず水を飲む」という習慣を身につけられるよう心がけるといいでしょう。

「トイレが近くなるのが嫌だ」という理由で、水分摂取を控えている高齢者は少なくありません。これは、心臓にとって最も良くない習慣のひとつです。仮に1リットルの水を飲んでも、そのまますべてが腸管から吸収され血管の中に入るわけではありません。状況にもよりますが、口から飲んで血管内に移行する水分は、摂取した量のおよそ3分の1から半分程度です。それ以外は体の中の組織などに潤いを与えるために使われます。ですから、意識的に水分摂取を控えていると、脱水になるリスクがかなり高くなります。

 一般的に排尿の回数は1日7~8回といわれます。これに、就寝中の夜間に1~2回、トイレに行くのが普通です。逆に言えば、トイレの回数がそれよりも少ない人は摂取している水分の量が足りていないと考えられます。その場合、意識して水分を多く摂取するようにしましょう。1日に3リットル以上の水を飲むといったように極端に多く摂取しなければ、水の飲みすぎによる健康トラブルは起こりません。

■水分制限が必要な病気の人は主治医の指示に従う

 心臓病の中には、治療の一環として水分制限が行われるケースがあります。うっ血性心不全がその代表的な病気です。われわれの体には、血流を維持するために一定量の水分をためる仕組みがあります。体内の水分が減ると、水分をためるホルモンが分泌され、体液の排泄が最小限に抑えられます。ところが、心不全で心臓の機能が落ちると血流が不十分になることなどで、実際には水分が減っていないのに、減ったと認識して体液量を増やしてしまいます。体液量=血液量が増えすぎると、血液を全身に送る心臓の負担は大きくなります。ですから、心不全の患者さんは、心臓の負担を減らすために水分制限が必要になるのです。

 高度にうっ血がある心不全の場合、利尿剤を使って体内の水分量を減らすケースもあります。しかし、それでもある程度の水分は摂取する必要があります。利尿剤が効かないくらいの脱水状態になると、今度は腎臓への血流低下から尿が作られなくなり、命の危険さえ招いてしまうからです。

 ただ、厳格な水分制限が必要になるのはかなり特殊なケースで、そういう場合は必ず主治医がついて水分摂取の管理をしています。ですから、心不全など一部の心臓病や腎臓病で水分制限を受けている人は、これまでお話しした水分の取り方についての内容は心に留めておくだけにして、主治医の指示に従ってください。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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