上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

画像診断の進歩で「肉腫」の治療にあたる機会が増えている

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 近年、心臓にできる悪性腫瘍である「肉腫」の患者さんを診る機会がじわじわと増えています。以前は数年で1人いるかいないか程度でしたが、最近は年間で数人の患者さんが当院を訪れ、必要な手術対応を行っています。

 そもそも、心臓にできる肉腫はとてもまれな病気です。心臓から腫瘍が発生する原発性心臓腫瘍の頻度は0.1%以下で、そのうち悪性のものは約30%といわれています。それくらいまれな病気ですから、年間数人でも大きな数字といえます。

 肉腫は、いわば心臓にできるがんで、がんの増殖が速いため急速に悪化する傾向があります。発熱、倦怠感、息切れ、体重減少などの症状から、心臓の周囲に液体がたまって圧迫する心タンポナーデ、心不全、不整脈などを引き起こします。また高確率で肺に転移し、生命予後がとても悪い病気です。

 そんな肉腫の患者さんを診る機会が増えているのは、画像診断の技術が大きく進歩したことが関係していると考えられます。肉腫のような難しい病気の場合、状態が急激に悪化するケースが多く、そうした患者さんは移動が制限されてしまいます。そのため、地方の病院やかかりつけ医院で肉腫が見つかっても、都市部の高度医療機関を受診するのは難しいケースが多く見られました。

 しかし近年、心臓エコーなどの画像診断が格段に進歩したことで、心臓にできた腫瘍が良性なのか悪性なのかをかなり早期に画像で判別できるようになりました。そのため、状態が悪化して移動が制限される前の段階で、遠方の患者さんでも高度医療機関を受診できるようになったのです。

 30年以上前、肉腫が見つかった当時20歳の女性の手術を行ったことがあります。その頃は抗がん剤や放射線治療がまだそれほど進んでいなかったので、腫瘍を取り除く手術が治療の第一歩でした。

 ただ、いざ開胸してみると想像以上に悪い状態で、腫瘍を取り残すことなくすべて切除した結果、左心房を全摘、右心房もほとんど切除し、左右の心室と弁だけしか残せませんでした。人工材料を用いて心房と肺静脈を再建し、手術は無事に終了。患者さんは元気になって退院したのですが、半年後に脳への遠隔転移が見つかり、治療の甲斐なく5カ月後に亡くなりました。当時の私は医師になって6年目でした。心臓手術が100例を超え、ようやく一人前の外科医になったといえるようになって初めて亡くした患者さんだったこともあり、いまでもはっきり覚えています。

■腫瘍をすべて取り切ることが重要

 先ほどもお話ししたように、当時は画像診断がいまほど進歩していなかったので、肉腫による症状が表れて生死をさまようような状況になった段階で、初めて手術を行っていました。その女性患者さんもそうでした。そのため、術後の抗がん剤や放射線治療もそれほど効果は望めませんでした。それが近年は、早期に肉腫を見つけることができるので、患者さんが“元気な状態”で移動でき、治療を実施することが可能になったのです。

 当院を訪れる肉腫の患者さんは、がん専門病院から紹介されて来る方がほとんどです。肉腫が見つかった患者さんの多くは、まず国立がん研究センターやがん研有明病院といったがん専門病院に移ります。そこで状態を診たうえで、まずは腫瘍を取り除く手術で心臓が突然死する危険を防ぎ、その後で抗がん剤治療を行うケースと、最初は抗がん剤治療を実施して、腫瘍が小さくなってから残った腫瘍をすべて取り除く手術を行うケースがあります。

「サルコーマ」と呼ばれる肉腫の中には、抗がん剤が奏功するタイプがあるので、手術で心臓の腫瘍をすべて取り除き、しっかり機能を維持できる状態にしておけば、場合によっては転移しても抗がん剤でがんを制御し、日常生活を送れる可能性もあります。切除した腫瘍組織に有効性のある抗がん剤を各種のマーカーから特定できるようになってきたからです。そのため、われわれは手術で切除した腫瘍の断端がどんな状態だったかをがん専門病院に報告して、次の抗がん剤治療を進めてもらうのです。

 心臓の腫瘍を取り切れていなかったために心機能が悪化し、抗がん剤治療の最中に突然死してしまったら、がんばって治療を続けてきた意味がなくなってしまいます。だからこそ、肉腫の手術はすべての腫瘍を取り切ることが何よりも重要です。手術を終えた患者さんががん専門病院に戻り、腫瘍内科の医師が診て少なくとも肉眼的には心臓内の腫瘍は見られず、心機能にも問題はないという状態で、次の抗がん剤治療を行えるようにしなければなりません。

 次回、肉腫の手術についてさらに詳しくお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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