臭いが消える一因は鼻の中の「気流」にあり 国際誌に論文掲載

写真はイメージ
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 臭いがわからなくなったり、感じ方が今までと変わった状態を「嗅覚障害」という。その患者はガス漏れや火事に気づかないなど、日常生活に危険が伴う。しかも嗅覚は、味覚と深い関わりがあるために「食事がおいしくない」など生活の質が下がる。

 問題はそれだけでなく、臭いをかぐ力は記憶力にも関わるため、嗅覚障害は認知機能低下につながるともいわれている。そんな嗅覚障害に関して、新たな研究論文が科学と医学分野の国際誌である「プロスワン」2022年1月号に掲載された。臭いが消える一因は鼻の中の気流にあり、それは鼻の中の形状に関わりがあるという。執筆した「あさま耳鼻咽喉科医院」(茨城県古河市)の浅間洋二院長に聞いた。

 今回、浅間院長らの研究グループが発表したのは、「計算流体力学を使用した気導性嗅覚機能障害の分析」。嗅覚障害は病態的に分けると、「気導性」「嗅神経性」「中枢性」がある。その中の気導性嗅覚障害は、欧米では「移ろいゆく嗅覚」と定義され、その時々で臭いを感じたり、感じなかったりすることが知られている。

 浅間院長は、“その原因は鼻の中の空気の流れに関係するのではないか”との仮定を立て、鼻の手術をして嗅覚が良くなった患者31人の、手術前の鼻の中の空気の流れのデータを解析した。

 ところが、予想に反して何の規則性も得られなかった。その原因を探っているうちに、鼻の悪い人は、口呼吸で鼻の空気の流れの悪さを補っていることに思い当たったという。

「そこで、別の95人の臭いが正常な患者さんで、安静な部屋でリラックスした状態での呼吸を調べたところ、鼻の入り口と上咽頭の圧力差(鼻腔抵抗)が10パスカル以上ある人は、口呼吸することがわかったのです。そこで、改めて気導性嗅覚障害で手術した31人の、手術前のデータから鼻の中の圧力差が10パスカルより下の人だけのデータを取り出し分析したところ、予想通り、臭いを感じる領域で空気の通過量が少なく、流れも緩やかだったことがわかったのです。これでは、臭いのセンサーである嗅神経が分布している嗅粘膜が位置する、鼻の奥の嗅裂には届きにくい。さらに、気導性嗅覚障害の人は鼻の中の構造に特徴があることもわかりました。鼻甲介(上・中・下と3つあり、エアコンの吹き出し口の羽根と同じような形の薄い板状の出っ張りで息の流れや量を調節)と呼ばれる部分が張り出していたり、嗅裂の形がいびつだったりしていたのです」

 通常、鼻詰まりの手術といえば、鼻中隔湾曲症や副鼻腔炎の手術が定番だが、流体力学的な視点はない、と浅間院長は言う。

「それでは、鼻の通りは良くなっても、臭いの分子を含んだ空気が鼻の奥まで広がらず、臭いは取り戻せないということになりかねません。私は気導性嗅覚障害の疑いがある人の手術では、患者さんに嗅裂の形成手術も受けた方がいい、という話をしています。実際、そうした手術後に臭いを取り戻した、という患者さんが増えています」

■認知症予防や睡眠時無呼吸症候群の治療への応用も

 浅間院長はなぜ、鼻の治療に流体力学を持ち込んだのか? 実は浅間院長は早稲田大学理工学部を卒業後、首都圏の私鉄に勤務。その後、秋田大学医学部に入り直した異色の医師だ。理工学部で学んだ流体力学が耳鼻咽喉科の医師の仕事に役立つと考え、自己資金で「あさま研究所」を設立し、鼻の中の気流や老化する動物をテーマに研究を続けている。

 もともと鼻の気流は大変複雑で、長い間、未知の世界だったという。それを解明するため市販の流体気流ソフトと汎用パソコンを使って鼻の気流を解析しようとした事例もあったが、精度が悪く信頼性が低かったという。

「そこで、私はこれを解明して鼻の手術に応用しようと決意。CT画像からコンピューター上に立体モデルを作り、鼻の中の空気の流れを東大宇宙航空研(JAXAの前身)と関わりの深い『計算流体力学研究所』に計算してもらうため、資金を投入してソフトを共同開発したのです。その後、それを実用化するための科学技術計算用コンピューターも院内に設置しました」

 今回の研究は、今後どう発展するのか?

「私は、手術前に、どこにどうメスを入れると手術後に鼻の中の空気の流れがどう変わるか、流体力学に基づいたシミュレーションをすることが望ましいと考えています。そのことに力を注ぎつつ、流体力学に基づいた睡眠時無呼吸症候群の治療や認知症の予防などの研究を続けるつもりです」

 02年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏は「異分野融合の場を生かせば、天才でなくてもイノベーションや独創を生み出すことができる」という趣旨の話をしている。流体力学を医学に持ち込んだ浅間院長の今後に期待したい。

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