岸田政権が推し進める「国民皆歯科健診」にはこれだけの課題が

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「国民皆歯科健診」という言葉をご存じだろうか。すべての国民が生涯を通じて歯科健診を受ける仕組みのことで、今月初めに政府が閣議決定した経済財政運営の指針となる「骨太の方針」に盛り込まれ、注目されている。現時点では、実現に向けて具体的な検討を始めるという段階で詳細については決まっていないが、歯科治療の現場ではどう受け止められているのか。

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 かねて、厚労省は「8020運動」(80歳の時点で自分の歯を20本残す)を進めていて、これまでの「骨太の方針」にも、「生涯にわたって歯科健診を強化すべき」と書かれていた。今回の記載はその方針をより強化しようという印象を受ける。歯周病や虫歯を予防するための口腔ケアは、全身の健康にとって重要であることが明らかになっているからだ。都内にある歯科医院の院長が言う。

「近年、歯周病が悪化すると、糖尿病、高血圧、脳血管疾患、心臓血管疾患、がん、認知症をはじめ、全身の病気の発症リスクが高くなることが複数の研究で報告されています。口腔内の歯周病菌が血液に入り込んで全身に行き渡ったり、歯周病菌が放出する毒素によって引き起こされる歯肉や粘膜の慢性的な炎症が、さまざまな病気のリスクを高めるのです」

 口腔ケアは全身の病気の発症や重症化を予防し、ひいては膨らみ続ける医療費の削減にもつながる。すべての国民が定期的に歯科健診を受ける制度ができれば、たしかに意義はありそうだ。

■回数や内容はどうなる?

 しかし、この制度のみではしっかり機能するかは疑問が残るという。

「国民皆歯科健診の具体的な内容はまだ何も決まっていない段階ですが、仮に1年に1回だけ単発で健診を受けたとしても、それほどの恩恵は見込めない可能性が高いと思われます。歯のメンテナンスは、口腔内の状態に応じたスパンで定期的に続けることが重要だからです。口腔内の状態が安定している人であれば、メンテナンスは半年に1回程度で問題ありませんが、一般的には3カ月に1回、状態がひどい人は1カ月に1回ペースで受けてもらうのが望ましいケースもあります」(前出の歯科医院院長)

 また国民皆歯科健診が実施された場合、検査内容が不十分になる懸念もあるという。

「すでに、公費で賄われる『妊産婦歯科健康診査』や『成人歯科健康診査』といった歯科健診が行われていますが、どちらも一般的な『歯周基本検査』に比べ、検査項目の数や種類が少ないのが現状です。たとえば、歯周基本検査で行う歯周ポケットの深さの計測は、すべての歯を対象として1本につき6カ所を測ります。それが妊産婦歯科健診や成人歯科健診では、いくつかの歯の部分的なポケットの深さを計測すればよいとされているのです。また、追加で行うレントゲン検査では歯周病による骨吸収(歯槽骨の溶解)の度合いなどを確認できますが、妊産婦歯科診査や成人歯科診査ではレントゲン検査は行われません。それらの健診で来院された患者さんにそうした内容を説明すると、保険診療で出来る歯周基本検査の追加を希望されるケースが多い」(前出の歯科医院院長)

 国民皆歯科健診が1年に1回で内容も簡易的となれば、それのみでは十分な効果が期待できない可能性があるのだ。

 かといって、期間を半年に1回、内容も一般的な歯周基本治療の検査と同程度にしようとしても、高いハードルがある。

「施設によって違いはありますが、当院では1人につき1時間かけて歯周病の検査を実施しています。現在、日本では専門的な処置ができる歯科衛生士が不足していて、歯科医院の多くは慢性的な人材不足です。国民皆歯科健診が全額公費負担になって診療報酬の点数が低いとなった場合、歓迎する歯科医院は少ないと考えられます。実施のペースや内容に加え、専門職の人材確保や費用の問題について、しっかり議論する必要があります」(前出の歯科医院院長)

 現在、歯科健診は1歳半、3歳児、学校に通う高校生まで義務付けられているが、大学生や社会人は対象になっていない。また、自治体によっては40歳から10年に1度の歯周病疾患検診を実施しているが、受診率は5%程度と低く、過去1年に歯科健診を受けた人も52.9%にとどまっている。

 国民皆歯科健診をきっかけに一人一人の口腔ケアに対する意識が高まり、その後は定期的な歯のメンテナンスに取り組むようになれば、大きな意義があるといえる。ただ、そのためにはクリアしなければならない問題があるのが現状のようだ。

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