「死ねない時代」における医療との向き合い方 3つの心構え

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 AI診断、ゲノム編集、手術支援ロボット……。医療が完成形に近づき、患者が意思を示さなければ120歳まで生かされる時代に入りつつある。そんな「死ねない時代」に中高年はどのような覚悟を持つべきか? 「人は死ねない」(晶文社)の著者で最先端の医学研究や医療予測に詳しい奥真也医師に話を聞いた。

 厚労省が発表した令和2年簡易生命表の概況によると、日本が終戦を迎えて2年後の1947年の平均寿命は男性が50.06歳、女性が53.96歳。それが2020年には81.64歳、87.74歳にまで延びている。

 一方、2020年には100歳以上は約8万人(男性1万人、女性7万人)であり、今後は長生きする人がさらに増えるとみられており、人生は100年時代から、110年、120年時代も夢ではなくなりつつある。

「長らく人間の平均寿命の延びを抑えてきたのは感染症で、医学の歴史は感染症との闘いの歴史でした。結核や肺炎の治療法がなかった18世紀ごろは1歳未満の乳幼児の死亡率が高く、平均寿命は35歳程度だったといわれています。それがペニシリンなど抗生物質の発見で劇的に死者が減りました。また、梅毒、ペスト、コレラ、エイズなどさまざまな感染症を制御することに成功しています。さらに20世紀に入り医療は、がん、心疾患、脳疾患にも挑み、画期的な成果を上げています」

 実際、かつては不治の病とされた各種がんも、集学的治療が功を奏し、ここ30年間で5年生存率は改善。その脅威は峠を越している。

 この間、CT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像法)などの検査機器、AIによる画像診断、手術支援ロボット、人工臓器などが登場した。創薬、食事や運動、リハビリなどの知見の集積と技術の向上に加え、救急体制の整備なども進んだ。国民一人一人の健康への意識も変わり、飲酒や喫煙などの習慣を改めて、運動や減塩に励む人が増えた。その結果、各人の体力が改善し健康長寿社会が実現している。しかも、「老化は治療できる病」となり、超長寿に向け医療は進化している。

 注意したいのは、治療できることとお金がない中高年がその恩恵を受けられることは別だということだ。いくら老化を治療できるようになったとしてもヒトはいつかは死ぬ。そのとき医療は、患者が「十分生きた。もう結構」と言わない限りはあらゆる医療技術を動員してでも生かすはずだ。

 そもそも厚労省発表の19年度の国民医療費は43.6兆円で国の負担は限界に近い。10月から原則1割だった75歳以上の医療費自己負担を、個人年収200万円以上、夫婦で同320万円以上の世帯は2割になることを発表している。「致死的な病気」は国が面倒を見るが、そうでない病気は全額自己負担になる日が来るかもしれない。

 つまり、そう遠くない将来に「延命する治療法が存在しても、その質を含めて患者自身がどこかで治療を諦めざるを得ない時代、死を選択する時代が来る」ということだ。

■最新情報にアクセスする手段を持っておく

「私はそれに備えて中高年は3つの心構えが必要だと思います。1つ目は、日常的に最新の医療情報を得るよう努力をすることです。ネットには新しい情報と古い情報が混在しており、人によってはかなり古い医療情報しか持ち合わせていない人もいます。その状態でどの治療法を諦めるか、決断できません。最新の薬や手術だけでなく、食事や運動について最新情報にアクセスできる手段を持つ必要があります」

 例えば、かかりつけの医師、歯科医師、薬剤師だけでなく栄養士や運動に詳しい人、眼鏡屋さんらと定期的に交流することが大切になる。

 2つ目は治療法について自身の意思をあらかじめ第三者に伝えておくことだ。

「医療技術が進むということは、延命技術も進むということです。先ほど述べたように黙っていれば延命が続く。それはどこかで残された家族を苦しめることになりかねません。自分はどこまでの治療を望む、望まないかを記したACP(アドバンス・ケア・プランニング)シートなどを準備しておくことも大切です」

 人は心変わりをする。そのときは面倒くさがらず、その都度、意思を書き留めておくことだ。

「3つ目は孤独を避け、引きこもらない準備をすることです。孤独は自分も楽しくないし、周りも迷惑する。これを避けるには自分が魅力的になることです。町内一の魅力あるモテ男、モテ女になろうとする意識を持つくらいでいい。魅力がなければ、夫婦関係でさえ亀裂が走る。男性は料理や掃除、洗濯など身の回りのことができる術を身につけた上でファッションや音楽、芸術に通じ、周りに感謝される簡単な大工仕事などもこなせる、かっこいい高齢者になるのが理想です」

 死ねない時代に良く生き良く死ぬには、それなりの準備と覚悟が必要だ。

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