今や死因の10%強 急増する「老衰」を年間200人を看取る名医から学ぶ

写真はイメージ(C)Chinnapong/iStock
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 厚生労働省発表の2021年「人口動態統計月報年計(概数)の概況」によると、同年の総死亡者数は約143.9万人。そのうち「老衰」はがん、心疾患についで3番目に多い死因である。2000年には約2.1万人だったのが、21年には約15.2万人と約7倍に増えて全死亡数の10.6%となっている。なぜ、「老衰」が増えているのか。「しろひげ在宅診療所」(東京都江戸川区)の山中光茂院長に話を聞いた。

「医学の進歩に伴い、感染症などの『病気』ではなく、天寿を全うする人が増えてきたのは間違いない。しかし、それだけで老衰比率のこれほどの上昇は説明できません。医師が死亡診断書に『老衰』と書いても許される医療者側の意識の変化の表れと言えるのかもしれません」

 厚労省が発行する「死亡診断書記入マニュアル」によると、「老衰」とは高齢者でほかに記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死、とある。かつては、死因不明の老衰を医療の敗北と感じる医師が多く、いかにも病名らしい「心不全」と書くことが多かった。

「しかし、今は無理して死期を延ばすのではなく、自然死を受け入れる風潮が医療者の間でも認められるようになりつつあります」

 しかし、見送る側の理解が進んでいるとは言い難い。それが災いして苦しい死になりかねない。そうならないためには、見送る側が急増する「老衰死」について理解し、どのような経過をたどるのかを学ぶことだ。

「老衰の最初の兆候は、採血データなどが悪くないのに、全身状態の低下が見受けられることです。もちろん、採血の結果によって医療方針を決定する場合も少なくありません。感染症の状態確認や生活習慣病の管理、がんマーカーを取ることで初期のがんの発見やその進行について確認することもできます。ただ、血液検査や画像検査などが必ずしもその人の余命や今の苦痛感を反映しているわけではありません。本人だけが主観的に感じる痛みや倦怠感、精神的な不安感などはどこを切り取っても数字に表れないことが多いです」

 次に現れるのは、血圧の低下、脈拍の上昇、酸素飽和度の低下などの変化で、それが体の症状にも反映されていく。

「少し前まで高血圧の薬を飲んでいた方が、その薬をやめたにもかかわらず、血圧が100を切ってくるような場合、少しずつ心臓の機能が衰えてきたサインです。心臓はその衰えを補うために少しでも頑張って動こうとして心拍数は上昇することが多く、その反応の結果少し動くだけで息切れが起こったりします。酸素飽和度が低くなるのも、心臓の働きが弱ることで体に取り入れる酸素量が減ってくるのです」

 動くと息切れがするので、より動かなくなると、ますますADL(日常生活動作)が落ちていくという悪循環になる。この段階で、無理に水分を取りすぎたり、必要のない過剰な点滴をしてしまうと、足がむくんだり、肺や心臓に水がたまるなど体に負担がかかり、余計に苦しくなる。

「食べ物も無理に食べさせると、のみ込む力が弱くなってきているので誤嚥性肺炎を起こすリスクが高くなり、『老衰』ではなく、死因が『誤嚥性肺炎』となってしまうこともあります」

■自然死は美しい

 亡くなる数日前には、血圧がさらに下がり、70以下になる。一日のほとんどを寝て過ごすようになり、口からほぼ何も食べられなくなる。手足の血液循環が悪くなり、紫色になるという。

「これは、最期の時間まで一番大事な脳や心臓に可能な限り血液を届けるために手足の末端まであえて血液を循環させない体の大事な反応なのです。その時には、指先から測る酸素飽和度は測れなくなったり、異常に低い数字が出ますが、焦らないでください。この時期になると、採血結果、血圧や酸素飽和度などの『数字』は気にせず『体に出る症状』だけに注意することが大切です」

 やがて少しずつ呼吸が速くなったり、荒くなったり、そして徐々に弱くなって最期の時間を迎えることになる。

「『老衰』で亡くなる方の多くは苦しみません。緩和の薬を使うこともなければ、点滴なども行いません。だからこそ、自然に苦しまずに最期を迎えられるのだとも言えます。うとうとする時間が長くなるのは、最期の準備のために『苦しまないように』それに合わせて意識が落ちていく合理的な反応です。食事や水分が取れなくなり、枯れていくように最期を迎えるのは、自分自身のすべてをきれいに使い果たそうとする、とても美しい反応のようにいつも感じさせられます」

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