上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓移植はドナー不足…「再生医療」の進歩に期待したい

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 重度の心臓病により移植しか助かる方法はない──そう診断された幼い子供が、米国に渡航して心臓移植手術を受けるケースが相次いでいます。

 日本では1997年に臓器移植法が施行され、脳死と判定された人からの臓器移植が可能になりました。続いて2010年の改正臓器移植法によって15歳未満の子供からの脳死臓器提供も認められるようになりました。しかし、国内ではずっとドナー不足が続いていて、22年12月時点では国内で心臓移植を待っている子供が44人いる状況です。そのため、募金を集めて数億円もの費用をかけ、海外での移植を希望する人が後を絶たないのです。

 親として、わが子の命が助かるなら、わらにもすがりたいという気持ちはよくわかります。幼い子供を救うため、善意から寄付をする方々の思いも理解できます。

 ただ、一方では疑問の声があるのも事実です。国際移植学会が08年に出した「イスタンブール宣言」によって渡航移植は原則禁止とされ、世界的に臓器移植は自国で賄うという流れがあります。海外の一部地域では、貧しく弱い立場の人に金銭と引き換えで移植のための臓器を提供させる“臓器売買”の問題が残っているため、公平な臓器移植を行うことを目的に宣言が出されたのです。実際のところ、米国では渡航移植は否定されてはいませんが、そうした状況での他者からの募金に頼った渡航移植に否定的な意見も散見されます。確かなエビデンスが構築されていて、現時点で受けられる最善の治療を積極的に行っても寿命を得られなかった場合、誰しもが持っている“運命”を受け入れるべきではないか、という声も聞こえてきます。

 もちろん、それぞれの立場や思いがあり、“正解”はありません。ただ、こうした賛否ある状況が生じる一因は、慢性的なドナー不足であるのは間違いないでしょう。日本では、もっと社会の理解を深め、臓器移植を取り巻く環境を整備していかなければならないという意見があります。それもひとつの方法です。

■入れ替えるのではなく“蘇らせる”

 そんな中、日本では移植よりも「再生医療」をさらなるスピードで、より発展させるべきだと私は考えます。世界的に見て日本は再生医療が進んでいる国で、近年ではiPS細胞や骨格筋芽細胞を用いた心筋シートを心臓に貼り付けるなどして傷んだ心筋を再生させる方法や、iPS細胞から心筋球という心筋細胞の塊をつくって特殊な注射針で心臓に注入する、といった再生医療の研究が進んでいます。すでにいくつも臨床試験が始まっていて、順天堂医院でも重症心不全の2人の患者さんに対し、iPS細胞の心筋シートを植える治療を実施しました。今のところ問題なく経過しています。

 未分化細胞であるiPS細胞は、心筋細胞に分化する過程でがん化する可能性があるなど、まだ課題が残っているのは確かです。しかし、研究や環境整備に莫大な費用をつぎ込むのなら、移植の発展よりも、再生医療の方が可能性を感じるのです。

 人体にひとつしかなく替えが利かない心臓を他から移植した場合、拒否反応を防ぐために免疫抑制剤を使わなければなりません。ただ、免疫抑制剤の長期使用は他の臓器に影響を与えますし、動脈硬化も促進させます。たとえば、5歳の時に心臓を移植して、その後10年間にわたって免疫抑制剤を使い続けなければいけなかったとすると、年齢は15歳なのに、血管は60歳くらいの状態まで傷んでしまうケースもあるのです。そうなると、ある時点でまた次の心臓治療が必要になってきます。これは、患者さんにとっても非常に大きな問題です。莫大な費用とリスクをかけて移植を敢行し、その場の命をつなげたとしても、それから先の人生で深刻で大変な状況が続く可能性が小さくないのです。

 一方、iPS細胞を中心とした再生医療は、ひとつしかない心臓を他から提供してもらって入れ替えるのではなく、自身の臓器を“蘇らせる”という発想です。これは医学の進歩の過程の中にある、しごくまっとうな道といえます。iPS移植初期には免疫抑制剤を使用しますが、患者さん自身の心筋が蘇った後は不要になるとされていますし、その後の拒否反応も起こる可能性は極めて低いと考えられています。治療が広まって軌道に乗れば、治療費もそこまで高額にはならないとみられています。

 心臓の機能が低下すると他の重要臓器の機能も不全状態に陥る多臓器不全となり、そうなってからでは再生医療や移植医療は意味を持ちません。救える命を救うためには、臨床応用に入ったiPS細胞を中心とした再生医療を慢性心不全の患者さんに早期導入していく必要があります。そのためにも、政府は再生医療の研究と発展のために集中投資するべき時期に来たと言えるのではないでしょうか。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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