膵がんの5年生存率0%を変える「コンバージョン手術」とは 最新治療に取り組む名医に聞く

早期では自覚症状がない
早期では自覚症状がない(C)日刊ゲンダイ

 膵がんは、見つかった時には「手術ができない進行がん」というケースが圧倒的に多い。予後の悪さは、がんの中でワーストだ。この状況をなんとかできないかと最新治療に取り組んでいるのが富山大学付属病院消化器・腫瘍・総合外科の藤井努教授だ。

 手術ができるか、できないか。多くのがんは、これが生存率の大きな分かれ道になる。もちろん、膵がんも、だ。

「手術ができなければ、抗がん剤や放射線治療になります。しかしこれらの治療でがん細胞が完全に消えるのは2~3%。がん細胞がわずかに残り、いったんは状態が落ち着いても、また大きくなる。手術ができなければ5年生存率は0%で、100%亡くなる。5年生存率が望める状態へいかに持っていけるか」(藤井教授=以下同)

 藤井教授が、膵がん治療の専門医である安田一朗教授(消化器内科)、膵臓病理の専門医である平林健一教授(病理診断科)と手を組んで行っている治療のひとつが、コンバージョン手術だ。

「切除不能(手術ができない)の膵がんには、局所進行と遠隔転移があります。膵臓は門脈など生命に関わる重要な血管に接しており、局所進行ではそれらの重要な血管にがんが食い込んでいるため、手術が困難。重要な血管からがんをひきはがし、なんとか切除できても、がんを完全に取り切れなければ再発となる。そこで、抗がん剤でがんを小さくし、さらに放射線をあててがんを局所制御することで、膵がんを血管から安全にはがして切除でき、かつ完全に取り切れるようにする。これが膵がんのコンバージョン手術です」

■手術不能の3割が手術可能になり5年生存率が向上

 藤井教授が最近発表した富山大学付属病院でのコンバージョン手術の成績では、手術ができない局所進行の膵がん144例のうち、3割に該当する48例が手術可能となり、その後の5年生存率が58.6%。

 膵がんは、手術可能例を入れても、5年生存率は男女ともに8%台。前述の通り、手術ができなければ5年生存率は0%だ。それが富山大学付属病院のコンバージョン手術では58.6%なのだから、かなり良好な数字だ。なお、藤井教授が用いた抗がん剤はゲムシタビンとナブパクリタキセルで、平均9カ月間投与。その後に放射線治療を行い、手術へと進む。

 膵がんのコンバージョン手術を行っているのは富山大学付属病院に限らない。しかし、「3割が手術可能。5年生存率が約60%」という医療機関はほかにない。ほかでは、手術可能となるのは1割程度だという。

 理由として、ひとつは、藤井教授が名古屋大学に在籍時代、膵がん治療の第一人者である中尾昭公医師(現・名古屋セントラル病院院長)に薫陶を受けたことが挙げられる。中尾医師は、門脈に浸潤した膵がんを手術可能とする術式を確立したことで知られる。

「血管に食い込んだ膵がんの手術の経験が多く、他の医療機関では手を出さない症例に対しても、手術を行う場合が少なくありません」

 通常、抗がん剤治療は内科医が行うが、富山大では、コンバージョン手術が見込めそうな患者については、外科医の藤井教授が抗がん剤治療を行っているのも大きい。

「手術に耐え抜くには、体力が必要。抗がん剤は体へかなり負担がかかる治療です。手術に耐えうるかどうか患者さんの状態を見ながら、最大限の抗がん剤治療を行う。これは、手術に精通している外科医だからこそできると考えています」

 栄養療法、筋肉リハビリ療法にも、早い段階から積極的に取り組んでいる。手術に備えた体力を維持するためでもあるし、筋肉量が多い方が抗がん剤が効きやすい。免疫力向上に向けて、腸内細菌を整える栄養補助食品も患者に勧めている。

 コンバージョン手術で高い成績を出しているとはいえ、藤井教授は「3割は手術できているものの、裏を返せば、残り7割はがん細胞が大きくなったり、遠隔転移したりで手術ができていない」と話す。新薬の登場や新たな治療への模索で、今後、より成績が伸びることに期待したい。

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