上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

20年ぶりに手術での「縫い方」を変更した理由 変革は常に必要

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 これまで何度もお話ししてきたように、近年の心臓手術は患者さんの負担をより小さくする「低侵襲化」の方向に進んでいます。

 新しく開発された医療機器を使用する治療法もありますが、低侵襲化のベースになっているものの多くは従来の手術です。

 たとえば、狭心症などに対する冠動脈バイパス手術、心臓弁膜症に対する弁置換術などは、どう処置すれば心機能がきちんと回復するのかについてのエビデンス(科学的根拠)が積み上がっていて、基本的には完成された手術といえます。そうした手術の内容を変えないまま、より患者さんの負担が少ない形で実施できるような方法──たとえば切開する部分をできる限り小さくする術式などを進化させているのです。

 私も4年ほど前から「MICS(ミックス)」と呼ばれる小切開手術に取り組んでいますが、同時にこれまで行ってきた外科手術の完成度をより高めるために試行錯誤を重ねています。

 心臓手術は執刀する外科医によって「完成度」が大きく違ってきます。たとえば、同じ食材を使ったとしても、おいしい料理を提供できる料理人と、それほどでもない料理しかできない料理人がいるのに近い感じです。

 神様がつくった“うつわ(臓器)”を預かって、大切に修復し、再び神様が認めてくれるような形で患者さんに戻す──。

 すべての物が矛盾を来さない自然な形にしなければなりません。切開する場所や方法、一針一針の縫い方、血管をつなげる箇所など、それぞれ意識しながら丁寧に処置を行い、それらすべての積み重ねが完成度の違いになって表れます。

 技術はもちろんですが、そこには外科医の心構えの差が表れるといってもいいでしょう。

■こだわりは変化を生まない

 そうしたより高い完成度を求め、つい数カ月前に冠動脈バイパス手術を実施する際の「縫い方」を、およそ20年ぶりに変えました。手術をサポートしてくれる助手になるべく依存しないようにするためです。

 心臓手術はチームで行われます。執刀医の対面などには1~2人の助手が配置され、手術をサポートします。執刀医の動きに合わせて、術野を確保したり、切開や縫合をやりやすくする補助の役割を担うスタッフです。

 ただ、執刀医が手術中に助手に依存しすぎてしまうと、完成度が自分の理想よりも低くなってしまうケースがあります。

 今回の場合、サポートしてくれている助手とのコンビネーションがいまひとつ噛み合わないことがあり、処置の最中に糸が切れるなどの操作ミスが何度か起こりました。

 もちろん、患者さんに不利益は一切ありませんし、手術自体に問題が生じるようなミスではありません。ただ、これまで当たり前のようにずっと繰り返してきた処置で問題が発生したのです。これは、周囲のスタッフとの調和がとれていないのだろう──そう考え、助手に頼ることなく、ひとりでやりやすい縫い方にチェンジすることを決めました。

 また、近年は難しい手術が増えているのも変更した理由のひとつです。患者さんが全体的に高齢化していることで、血管の太さやもろさを含めた全身の状態が悪い場合が多くなっています。

 心臓に病気がある場合はまず循環器内科でステントを入れるなどの内科的な治療が選択されるケースが増えているため、外科手術を受ける段階の患者さんは、かなり状態が悪化しています。その場合、手術で実施する処置がかなり制限されるので、執刀医とスタッフの連携がスムーズにいかないことも起こりやすくなっています。ですから、助手に依存しすぎないような縫い方が必要でした。

 とはいえ、縫い方の基本的な理屈は変わっていませんし、それまでは左から右に向かって縫っていたものを、右から左に変更した程度のことです。

 しかし、それだけで私自身にあった助手への依存心はかなり減りましたし、糸が切れてしまうといったミスもなくなりました。

 これまで何千何万と繰り返してきた動きを変えるのは大変な勇気がいるし、あえて変える必要はないという人もいます。しかし、変革と多様性を常に自分の中に持っていないと、そこでダメになってしまう。そう私は考えています。こだわりは変化を生みません。ですから、自分をより高めるための試みを常に実践しています。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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