乳がんに朗報! 世界初「ホウ素中性子捕捉療法」による試験的治療がスタート

ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)用加速器型中性子照射装置システム(江戸川病院提供)
ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)用加速器型中性子照射装置システム(江戸川病院提供)

 日本人女性の9人に1人が罹患(りかん)すると言われる乳がん。「がんの統計2022」によると、2021年に新たに乳がんを患う人は9万4400人と予測されている。同年の死亡者数も1万4908人に上った。そんな乳がんに新たな武器が加わりそうだ。それがホウ素中性子捕捉療法(BNCT)だ。世界で初めて、BNCT用加速器型中性子照射装置システムによる放射線治療後の再発乳がんに対する試験的治療をスタートさせる、江戸川病院(東京都江戸川区)放射線科部長の黒崎弘正医師に話を聞いた。

「BNCTとは、点滴によりがん細胞に取り込まれたホウ素と、体外から照射された放射線の一種である中性子により生じる核分裂エネルギーを利用して、がん細胞を破壊する治療法です。中性子は他の放射線と違って直進性がない。そのため照射領域を厳密に合わせる必要がありません。放射線の粒子をがん細胞にぶつけて破壊するこれまでの放射線治療とはまったく異なるメカニズムによってがん細胞を攻撃するので、正常細胞へのダメージが起こりにくく、身体への負担が少ないのが特徴です」

 ただし、中性子は体表面から6センチ程度にまでしか届かない。そのため、2020年6月に始まった公的保険によるBNCT治療の対象は、切除不能な局所進行または局所再発の頭頚部がん。試験的に行われている治療も皮膚がんといった患者数の少ない疾患にしか使われてこなかった。

「今回、皮膚から近く、がん患者数の多い乳がんの患者に対してBNCTが、試験的とはいえ治療がスタートすることはとても意義深いことです」(都内のがん治療医)

 現在、公的保険によるBNCTでの頭頚部がん治療が可能な施設は南東北BNCT研究センター(福島県郡山市)と大阪医科薬科大学関西BNCT共同医療センター(大阪府高槻市)。施設の導入が進み試験的に治療が行われているのは、今回スタートする江戸川病院のほかは国立がん研究センター中央病院(東京・築地)がある。筑波大学、岡山大学、京都府立大学、湘南鎌倉総合病院でも施設導入が進んでいる。

 そもそもBNCTの原理は1936年に米国の物理学者により報告され、50年代に米国で頭頚部がんの試験的治療がスタート。当初はBNCTに用いられる中性子は原子炉を使ってつくられていたという。

「しかし、原子炉では大型施設が必要で莫大な費用がかかり、常に核物質を保有するなど医療施設としては非現実的。そこで原子炉に代わる中性子源として加速器による中性子源の開発が進められてきたのです。現在は、BNCT治療は加速器により行われています」

試験的治療をスタートさせる江戸川病院(提供写真)
試験的治療をスタートさせる江戸川病院(提供写真)
標準治療が尽きた患者の新たな武器に

 BNCTは現在、日本が最先端であり、BNCT用加速器型中性子照射装置システムによる再発後乳がんの治療は、今回が恐らくは世界初ではないか、と黒崎医師は言う。

「2020年には国内で乳がんの放射線治療後に再発された患者さんのBNCTが行われましたが、このときは原子炉型による中性子照射装置システムでの治療でした。原子炉型だと、研究所を一時的に医療機関にして治療が行われることになります。しかし、われわれのような病院設置型BNCT用加速器型中性子照射装置システムでは、病院と一体化されているため、より安全に治療が行えます」

 最初の治療は7月5日にスタートする。患者は70代で、数年前に乳房全摘手術と放射線治療を受けた後に再発したという。

「乳がん治療では、乳房温存療法は乳房全摘と同等であることが知られていますが、それは乳房温存手術後に放射線療法を加えることにより達成されます。また、高リスクの乳房全摘手術後に術後放射線照射が予後を改善することも知られています。それだけ乳がん治療において放射線治療は大きな武器となっているのです」

 ところが、過去に放射線治療の既往がある場合は、同一部位への再照射は原則禁忌となっている。正常細胞には一定の限度を超えると、不可逆的変化を来す耐容線量があり、一連の照射ではその限度近くまで照射されていることが多いからだ。

「しかし、BNCTは先述したように、これまでの放射線とはまったく異なるシステムでがん細胞を破壊し、理論的に正常細胞にほとんど影響を与えません。そのため放射線治療をすでに行った乳がん患者さんにも試すことができます。つまり、標準治療が尽きた乳がん患者さんに有望な新たな武器を提供することができるかもしれないのです」

 黒崎医師のチャレンジに大いに期待したい。

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