「梅毒」が昨年の30%増ペース…患者急増で懸念される性感染症の医療崩壊

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 梅毒の感染拡大が深刻な事態になってきた。厚労省が毎週発表する感染症発生動向調査週報速報データ(第29週)によると、梅毒の感染件数は179件増えて、年初来の累計数は8349件となった。これは前年同期の6385件を1964件上回っており、30.7%の増加。同データでの昨年1年間の新規梅毒累計件数(第52週)は1万2966件であったことから、このままのペースで増え続けると1万6946件に膨れ上がることになる。ちなみに2013年のそれは1年間で1220件。10年間で13倍以上の増加となる計算だ。

 ところが、これに対応する性感染症の専門医は全国で479人しかいないという。この先、梅毒などの性感染症の医療崩壊の恐れはないのか? 日本性感染症学会の功労会員で、性感染症専門医療機関である「プライベートケアクリニック東京」院長の尾上泰彦医師に話を聞いた。

「梅毒の新規感染者の急増は手がつけられない状態になっています。現時点で今年新規梅毒患者がいなかった都道府県はゼロ。最も少ない山梨県でも12件、最多の東京では2052件も報告されています。梅毒は大都市の歓楽街とその周辺地域だけでなく、地方でさえも特別な病気という存在ではなくなってきました」

 これを受けて東京都では8月4日、小池百合子都知事が定例会見で梅毒患者数の急増に触れ、早期発見の検査体制強化に乗り出すと表明した。

 日本一の歓楽街「歌舞伎町」にある、新宿東口の検査相談室では女性を対象に検査結果が当日にわかる「即日検査」を9月23日から12月を除く毎月1回、祝日に行うという。対象を女性としているのは梅毒が若い女性に広がっており、妊婦の感染は流産や死産の原因となり、生まれてくる赤ちゃんが先天性梅毒になる場合があるからだ。また、立川にある多摩地域検査・相談室では8月13日から土曜日だけでなく日曜日も検査できるようになるという。

 東京以外でも県や市区町村のホームページ等で梅毒患者報告数が増えていることや早期発見の啓蒙、検査体制の強化が進んでいる。

■性感染症認定士は全国で47人

「しかし、一番の問題は豊富な診断治療経験と専門的知識を持った医師が必ずしも多くないこと」と尾上医師は言う。

 7月10日に更新された性感染症学会のホームページに掲載された性感染症認定医は479人。多くは大都市のある都道府県に偏在し、和歌山・高知・宮崎・鹿児島(1人)、岩手・鳥取・島根・山口(2人)、青森・福井・新潟(3人)、広島・佐賀・長崎(4人)と5人未満のエリアが多い。山梨に至っては0人となっている。

「患者数が多い東京は89人いますが、今年都内で報告された梅毒の新規感染者2052件をすべて都内の性感染症認定医で治療したとすれば、現時点で23件もの新たな患者を引き受けていることになります。ところがその一方で性感染症がわかるベテラン医師は高齢化しており、現場から離れる人も増えています。にもかかわらず梅毒だけでなく他の性感染症も増えている。性感染症において受診したくてもできない、医療崩壊が起こらないか、心配しています」

 実際、都内の歓楽街で性感染症と長年向き合ってきたベテランの医師は、今年の秋に閉院して引退することを公表している。この医院はそのエリアでの性感染症治療の中心的な存在で、通院している患者も多い。そのなかの1人は「性感染症の診断治療が豊富で私の仕事のこともわかってくれてとても良い先生だった。先生は引退にあたって新しい通院先も紹介してくれたが、今までと同じペースで受診できるかはわからない」と言う。

 また、日本性感染症学会が薬剤師、保健師、助産師、看護師、臨床検査技師、学校養護教諭などを対象に、性感染症の専門的知見の習得を積んだ会員に付与する性感染症認定士は、2023年8月3日現在、全国で47人しかいない。

 埼玉・千葉・新潟・京都・岡山・広島(1人)、神奈川・富山・福井(2人)、群馬・兵庫・福岡(4人)、大阪(8人)、東京(15人)に過ぎない。これでは激増する梅毒の恐ろしさと早期発見・治療の啓蒙をするのは難しい。

「急増する性感染症の患者を治療する体制は簡単には整いません。ならば予防を重視することです。性感染症は各人が行動を改めれば防げる部分が大きい。そのためにはその恐ろしさを正確に伝えることが重要です。プライベートゾーンの疾患については、写真や動画などでの説明が必要と考える医療関係者も少なくありません。しかし、ネットなどでわいせつ画像扱いされるため、その実像が正確に伝わらない。梅毒を中心とした性感染症の急増に対抗するためには、こうした問題も公に話し合う必要があるのではないでしょうか」

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