糖尿病患者が治療を中断すると何が起こる? ドイツで新タイプの治療薬輸出禁止の動き

糖尿病治療の中断はさまざまな問題を引き起こす
糖尿病治療の中断はさまざまな問題を引き起こす

 ドイツの連邦医薬品医療機器審査局(BfArM)が、デンマークの製薬大手ノボノルディスクの2型糖尿病治療薬「オゼンピック」(一般名セマグルチド)の輸出禁止を検討しているという。背景には、新たなタイプの2型糖尿病治療薬に大きな減量効果があることがわかり、美容、痩身、ダイエットなどの不適正使用が横行。肝心の2型糖尿病治療に支障が起きかねない事態になっているからだ。こうした事態を受けて、もし糖尿病を治療していた人が中断したらどんなリスクがあるかを含め、糖尿病専門医で「しんクリニック」(東京・蒲田)の辛浩基院長に解説してもらった。

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 オゼンピックは、GLP-1受容体作動薬と呼ばれる薬の一種。全身の細胞に分布しているGLP-1受容体を刺激することで、単に血糖値の抑制だけでなく、心臓や腎臓などの保護に良い影響を与えるとの研究結果が次々発表されている注目の薬だ。とくに効果が大きいのは減量で、肥満率が高い欧米では日本以上の人気になっている。

「GLP-1受容体作動薬は、血糖値の上昇を抑えるだけでなく、胃からの排泄を抑え、脳の食欲中枢に働きかけることで満腹感を促し、空腹感を抑えます。その結果、すぐれた減量効果を発揮することが確認されています。とくにオゼンピックはそれ以前のGLP-1受容体作動薬よりも減量効果が大きいとみられているためにダイエット目的の使用が急増。欧州全体で品薄になっていて、2型糖尿病患者への供給が危ぶまれる事態に陥っているのです。日本でも同様なことが起きる懸念があり、厚労省が『GLP-1受容体作動薬の在庫逼迫に伴う協力依頼』と題する通知を出したり、日本糖尿病学会がGLP-1受容体作動薬に関して見解を発表するなどして、美容、痩身、ダイエットなどの不適正使用に関して強く警告を発しています」

 欧州で先行発売され、日本でも22日から保険適用となる肥満症薬「ウゴービ」とオゼンピックは同じ成分が含まれていることから、ウゴービの適応外とされた人がオゼンピックに殺到している可能性がある。

 問題は日本でオゼンピックを含めたGLP-1受容体作動薬の供給が今以上に切迫したときの影響だ。

「私のクリニックでもGLP-1受容体作動薬の人気が高く、希望する患者さんも少なくありません。実際、2型糖尿病治療薬の中心はGLP-1受容体作動薬に移っており、今以上に供給が絞られたとしたら新規の2型糖尿病患者さんへの投与は控えざるを得なくなり、現在GLP-1受容体作動薬を使っている患者さんも状況によっては投薬の組み合わせを変えることを強いられるかもしれません。怖いのは、『血糖コントロールができてやせられるGLP-1受容体作動薬が処方されないのなら糖尿病治療をやめる』と言う患者さんが出てくることです」

■「やせ薬」としての使用はやめるべき

 糖尿病治療の中断はさまざまな問題を引き起こす。最も怖いのは糖尿病合併症状が急激に出ることだ。

「血糖コントロールが投薬によって維持されていた人が、薬を飲まなくなった途端に食後の血糖値が500㎎/デシリットル以上にまで跳ね上がるケースは少なくありません。中には網膜に出血が見られたり、急性の腎不全を起こしたりする場合がある。とくに危険なのはサウナや温泉で大量に汗を流した後、糖質の多い清涼飲料水などを大量に飲んだりした場合です。糖尿病性ケトアシドーシスを起こすことがあるので要注意です」

 ヒトは血糖を細胞に取り込むために必要なインスリンが十分でないと細胞がエネルギー不足に陥る。そうならないため、インスリンが足りない状態でも別の手段でエネルギーを生み出すシステムがある。脂肪細胞を分解してケトン体という物質を生成することでエネルギーを得る方法だ。このとき血液が酸性化するため、さまざまな症状が出る。それが糖尿病性ケトアシドーシスである。

「糖尿病性ケトアシドーシスになると、口が乾く、多飲多尿、体重減少、全身倦怠感といった糖尿病特有の症状が急激に起こるほか、吐き気、嘔吐、腹痛、特徴的なフルーツ臭の呼気などが出て、悪くすると糖尿病性昏睡が起こることもあります」

 むろん、多面的な健康効果が証明されつつあるGLP-1受容体作動薬を中断する場合は、心臓や腎臓などの状態が急激に悪化する可能性もあるかもしれない。

「だからこそ、糖尿病治療の中断は避けなければなりません。とくにGLP-1受容体作動薬については、効果の高い薬だからこそ、それをやめたときの影響は少なくないと考えるべきです。こうした2型糖尿病の患者さんのことを考えれば、肥満症でない健康な人が痩身、美容、ダイエットのためのやせ薬としてGLP-1受容体作動薬を使うのは控えるべきなのです」

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