Aβ減らすアーモンドやナッツで認知症は本当に防げるのか

アーモンド、ナッツ、脳内PET検査などが紹介されているが…
アーモンド、ナッツ、脳内PET検査などが紹介されているが…(C)共同通信社

 2025年には65歳以上の5人に1人にあたる700万人が罹患しているといわれる認知症。その7割を占めるアルツハイマー型認知症の原因として「アミロイドβ(Aβ)仮説」が大手を振るっている。Aβと呼ばれる脳内のタンパク質が老化で代謝が滞って蓄積し、その毒性で脳神経をダメにする。20年以上主流となっているこの仮説に基づきAβを減らすとされるアーモンドやクルミなどのナッツ類などが推奨され、Aβが脳内にどれだけ蓄積しているかを調べる脳のPET画像検査が注目されている。しかしこの仮説は信じていいのだろうか? 東京都医学総合研究所認知症・高次脳機能研究分野分野長の長谷川成人氏に聞いた。

「私は一般の人がこの仮説を信じて行動するのは早計だと思います。アルツハイマー型認知症の発症と進行の真の原因は、Aβでなく、異常なタウタンパク質の脳内蓄積と考えるからです」

 ヒトが得た情報は脳内の1000億以上ある神経細胞のつながりによって伝達・記憶される。タウタンパク質は、神経細胞がネットワークを形成し、情報を伝えることに必要な軸索(伝達経路)を支えるマイクロチューブル(微小管)を構成する。タウが、なんらかの原因で異常な構造に変化すると、マイクロチューブルが壊れる可能性がある。そうした異常な構造のタウが正常なタウを次々と異常に変え、本来の機能とは全く別の毒性をもって神経細胞そのものを死に至らしめるという。

「アルツハイマー型認知症の主犯は老人斑のもととなるAβというのが依然有力視されていますが、最近では状況が徐々に変化しています。7月のアルツハイマー病協会国際会議(開催地ロンドン)では、タウタンパク質に言及する論文が増えました。製薬会社もAβから関心が移り、タウタンパク質をターゲットにした薬研究が進んでいます」

 その理由は「脳内のAβ除去で認知症は防げる」とのコンセプトで世界中の学者や製薬会社が認知症治療に取り組みながら、ことごとく失敗に終わったから。Aβの量を減らしても認知症の進行は阻止できないことが明らかになりつつあるという。

 たとえば、Aβをつくり出す働きがある酵素を阻害する化合物が数多く開発されたが、良い結果は出ていない。最近では、ベルベセスタットという化合物が、軽・中度の患者を対象とした初期の臨床試験で好結果が出たとして注目されたが、大規模臨床試験では効果を得られず、今年2月に試験打ち切りとなっている。

■Aβはむしろ脳卒中に関連か

 現在、Aβ仮説に基づく創薬研究で最大の注目は、米バイオジェン社の「アデュカヌマブ」という抗体。その投与により、認知機能の改善が認められたと「ネイチャー」誌が取り上げた。現在、国際共同試験(フェーズⅢ)が始まっているが、ベルベセスタットのように少人数ではよくとも、大規模臨床試験では結果が出ない可能性もある。

 逆にタウの蓄積と神経細胞死、さらには病状とその進行は、複数の研究によって強い相関関係が明らかにされつつある。

「遺伝子改変技術で脳にAβが沈着するマウスをつくっても神経細胞死は観察されなかったり、脳内PET検査でAβの沈着が確認されている正常人も多数存在します。逆にAβが蓄積せずに、タウだけが異常になって蓄積してくる認知症がある。若年性認知症の一種であるピック病がそれで、性格変化や抑制が利かない行動をする症状が表れたりします。転びやすくなったり、運動機能の障害が先に出る前頭側頭型認知症もあるのです」

 これらの認知症はいずれも異常なタウによって引き起こされる病気ということで、「タウオパチー」と呼ばれている。

 頭部に衝撃を受けるアメフト選手やボクサーが発症する外傷性脳症は認知症症状が出ることが知られているが最近は、その患者の脳には、「タウタンパク質の蓄積」と「脳組織の変性」が確認されている。

「Aβはむしろ脳卒中などとの関連があるのではないかと思っています」

 仮にこの話が本当なら、脳内のAβの減少を期待してアーモンドやクルミなどのナッツ類を食しても認知症阻止には役立たないことになる。

「将来、認知症で子供に迷惑をかけたくない」という気持ちはわかるが、慌てず、確定した事実に基づいて対策を進めても遅くないのではないか。

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