がんと向き合い生きていく

甲状腺がんでの放射性ヨード内服治療は隔離して行われる

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 会社員のDさん(47歳・女性)は、5年前に前頚部のしこりを認めて甲状腺がんと診断され、A病院の耳鼻科で甲状腺全摘の手術を受けました。

 その後、症状はなく元気に過ごされていましたが、2年前に両肺に小さい転移が認められ、放射性ヨード内服治療を目的としてB病院の放射線科を紹介されました。Dさんは、ヨードを含む食品の摂取を避け、内服していた甲状腺ホルモンを中止してから入院となりました。

 治療で放射性ヨード内服をすると、しばらくは患者の体から放射線が出続けることになるため、病室は隔離されています。この病室に人は近づけず、必要な時には医療者が鉛の防護服を着て出入りします。ですから、入院中は外出、面会は一切できないことになっているのです。その厳重さに、Dさんは「監獄みたい」と話されました。

 Dさんが使った水や排泄物も一般とは違った処理がされるようになっていました。いったん部屋に持ち込んだものは、退院する時の放射線測定検査で規定値以上の場合は、すぐには持ち帰れません。そのため、入院時にDさんが持参できたものはごくわずかでした。

 そんなDさんにとって、室内に備え付けられたテレビが唯一の友で入院中は淡々と過ごされたようでした。6日後、体内の放射線量が基準値以下となって退院が決まり、退院後は経過が良く、元気に過ごされています。

 甲状腺は首の前側にチョウのような形で存在しますが、皮膚の上からは腫れない限り分かりません。甲状腺は血中にあるヨードを取り込んで、これを原料として甲状腺ホルモンを産生します。甲状腺ホルモンは体の代謝、維持にとても重要です。そのため甲状腺を全摘した場合は生涯、甲状腺ホルモン剤を飲み続ける必要があります。

■Ⅰ期・Ⅱ期なら手術でほとんどが完治

 甲状腺がんはどうしてできるのでしょうか? 多くは原因不明ですが、一部に遺伝性のものもあります。また、チェルノブイリ原発事故の後、その近郊では甲状腺がんにかかる人が増えたといわれ、甲状腺がんの発生と放射線被曝線量が関係しているのではないかと考えられています。

 福島原発事故では、大気中に放射性ヨウ素が放出されました。これが体内に吸収されて甲状腺がんを引き起こすことも心配されています。いろいろな議論がされていますが、5~9年程度の潜伏期間を経て、がんが増えることも考えられ、今後も注意深く見ていく必要があると思います。

 甲状腺がんの罹患数は全体で人口10万人当たり約10人。女性に多く(男性の約3倍)、30歳から増加して60歳代がピークです。死亡者数は全がん死亡者の約1%未満です。

 甲状腺がんの多くが前頚部のしこりとして発見され、大きくなると、気管や食道の圧迫などによる首の違和感、息苦しさ、食事ののみ込みが悪くなったりします。

 治療はまず手術が行われます。病理組織では「乳頭がん」「濾胞がん」「髄様がん」「未分化がん」に分けられます。乳頭がんが最も多く約90%を占め、進行は非常に緩徐で、Ⅰ期、Ⅱ期なら手術でほとんどが完治します。

 がんの再発予防のため、あるいは、がんがリンパ節、肺、骨などに転移した場合、手術後に放射線治療が行われます。放射性ヨードの内服が中心です。乳頭がん、濾胞がんの細胞は、多くが正常細胞と同様にヨードを取り込む性質があり、内服した放射性ヨードががん細胞に取り込まれ、がんを破壊することになります。Dさんが受けられたのがこの治療です。厳重に隔離して管理する必要があるため、この治療が行える施設は限られています。また、がんがヨードを取り込まない場合は、放射線外部照射が行われます。

 甲状腺がんの未分化がんはまれですが、進行が早く、治療法も確立していません。そのため、残念ながら予後は悪いのが現状です。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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