「すべての国民に一定水準以上の平等な治療を提供する」
そんな理念を原則にしている日本の国民皆保険制度を私は素晴らしいものだと考えています。この制度のおかげで、保険を使って受けることができる医療については、日本が世界トップレベルといえるでしょう。
近年は、この保険制度を維持するために「右肩上がりで増え続けている医療費をどう削減していくか」といった議論が活発です。過剰でムダな治療や薬を減らすなど、医師だけでなく、患者側も真剣に考えなければなりません。
また、病院や医師はそうした保険制度の枠組みの中で「診療報酬」をいただいています。患者さんが自己負担した費用と合わせ、公費を受け取っているのです。
医師の中には、「ベテラン医師が治療した場合と、新人医師が治療した場合の診療報酬が同じなのはおかしい」なんてことを言う人もいますが、私から言わせれば大きな勘違いです。
どんな名医でも新人時代があり、外科医ならば1例目の手術は患者さんの体から教わることばかりだった日を経て、今日を得ています。私も含め、医師はみんな「育てられてきた」のです。自分だけでなく、家族もそうです。自分が専門家である制度に守られて、安心して医師を続けられたから今があります。だからこそ、私は心臓外科医として全力で“恩返し”していくことを誓っています。
2017年は、国民皆保険制度がスタートした1961年から数えて56年目に当たります。現役で医学部に入学し、その1961年に24歳で卒業した医師は80歳になりました。80歳という年齢は、一般的にはリタイア世代といえます。医師の世界でも、周囲からはほぼ“上がり”という評価をされる年齢です。つまり2017年は、24歳で医師になって以来、自分が行った医療行為に対する収入が、すべて国民皆保険でカバーされた世代の医師だけになった年ということになるのです。
■患者は賢く医師を使いこなそう
中には、国民皆保険制度からは外れた自費診療だけを行っていた医師もいますし、今も一部の患者さんからそうしたニーズはあります。ただ、そういった医師は「自己責任で医療を行っている特殊な医師」と考えるのが現状で、いまは99%の医師は何らかの形で保険診療を行っているといわれています。ですから、ある意味で2017年は「国民皆保険制度元年」と言ってもいいでしょう。
また、収入面だけでなく、医師自身が病気になったり、その家族が医療行為を受ける際なども、すべて国民皆保険制度に守られてきたといえます。一般の方は、保険料を納めることで少ない自己負担で医療を受けられるだけですが、医師はさらに収入の原資をそこに求めているので、保険制度に支えられる恩恵は想像以上のものになります。
さらに、今の現役世代の医師は、医学部に入学して医師になる過程でも公費が使われています。だからこそ、医師になった以上は、自分の生活や健康を守ってもらっている社会にしっかり恩返ししなければなりません。「自分はお金持ちの家に育ったから医者になれた」とか「頭がよかったから……」なんて考えは、まったくの驕りでしかないのです。
これからの医師を育てる立場になったわれわれも、しっかり指導していかなければなりません。今の医学部の受験生は、中学生の頃から「合格するための即物的なテクニック」だけを繰り返しています。「○○大学医学部の合格圏内に入るには、これとこれだけをやっておけばいい」といったピンポイントの教育を受けて入学してくるのです。そのため、医師という職業への使命感、「世のため人のために働く」といった思いが希薄な学生も増えていて、先行きを不安視する声も聞こえます。
ただ、それでも引き受けた以上は、徹底的に教育して、世のため人のために力を尽くす一人前の医師をひとりでも多くつくっていく責任があると考えています。
今後は「スタートラインに立つ前から国民の税金で支えられてきた医師ばかり」という時代になります。ですから、患者さんももっと賢く医師を使ってください。医師の言いなりになるのではなく、例えば何か疑問があれば、回復や合併症のリスクをトータルで考えて最適な治療なのかどうかを納得いくまで説明してもらったり、セカンドオピニオンやサードオピニオンを利用するなど、きちんと医師を使いこなしてほしいのです。
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