がんと向き合い生きていく

各都道府県が「受動喫煙をなくす」条例を制定してほしい

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 たばこを吸う人ではなく、その周りの人がたばこの煙を吸い込むことを「受動喫煙」といいます。国立がん研究センターの報告によると、日本国内ではたばこを吸わないのに受動喫煙の影響で年間1万5000人が亡くなっているといいます。

 分煙しても、実はたばこの臭いを嗅いだだけで健康被害を受けます。喫煙者の周りの人は、喫煙により生じた有害物質を多く含んでいる副流煙(たばこの先から出る煙)、呼出煙(喫煙者が吐き出した煙)を吸わされるのです。

 奈良県の生駒市役所では、この4月からたばこを吸う人に対して喫煙後45分はエレベーター利用を禁止したそうです。喫煙後の息に含まれる有害ガスが通常に戻るまでの時間を考慮したのです。 先日、あるがん対策会議の席上で、このたびの国のたばこ対策が話題になりました。当日の報道を要約すると対策は次のような内容になります。

 昨年3月、厚労省は30平方メートル以下のバーやスナック以外を原則禁煙とする骨子案を公表。昨年の通常国会で法改正を目指したが、厳しい規制を訴えた塩崎恭久厚労大臣と飲食店の客離れを懸念する自民党側の調整がつかず、法案を提出できなかった。しかし、今回は、飲食店は原則屋内禁煙とするが、客席100平方メートル以下で、個人経営か資本金5000万円以下の中小企業が経営する既存店では、例外的に喫煙を認める。つまり、昨年よりも緩めた案を閣議決定したことになり、昨年の案よりも受動喫煙対策は大きく後退したということです。

■現状では東京五輪に間に合わない

 30年ほど前、一緒に働いていた3人の看護師ががんにかかり、そのうちの2人が亡くなったことを思い出します。3人とも喫煙していませんでしたが、窓もない控室は、いつもたばこの煙で満ちていました。当時の看護師(婦)は、夜勤の眠気覚ましもあってか、喫煙者が多かったのです。その頃、妊娠中も喫煙していた看護師2人が出産に大変苦労して、新生児に異常があったことも覚えています。

 たばことの因果関係が明らかになっているがんは肺がんだけではなく、頭頚部、食道、胃、さらには肝臓、膵臓、膀胱、子宮頚部のがんなどたくさんあります。

 たばこの煙の中には、たばこ自体に含まれる物質と、それらが不完全燃焼することによって生じる化合物があり、発がん物質が約70種類も含まれています。

 これらの有害物質は速やかに肺に到達し、血液から全身の臓器に運ばれ、DNAに損傷を与えるなどしてがんの原因となるのです。

 2010年、IOC(国際オリンピック委員会)とWHO(世界保健機関)は「たばこのない五輪の推進」で合意し、その後、五輪開催都市だったロンドンとリオデジャネイロでは、飲食店などの屋内全面禁煙が実現したそうです。そして、「その禁煙による飲食店の客離れはなかった」とする調査もあります。

 わが国の今回の健康増進法の改正では、2020年の東京五輪開催に間に合うように受動喫煙対策を強化するとされています。しかし、多くの医師は「これでは消極的で情けない案である」と反対しています。

 世界では禁煙対策によってがんは減ってきているのに、日本はこれでいいのだろうか。少なくとも受動喫煙がなくなれば、たばこを吸わないのに、たばこで亡くなる1万5000人の命は助かるのです。

 たばこが原因となる病気は、がんばかりではありません。脳卒中や心筋梗塞などにも影響し、たばこで年100万人以上が病気になっています。そして、そのための医療費は年間1兆4900億円に上ると推計されているのです。

 2018年3月末に公表された「東京都がん対策推進計画」(第2次改定)では、重点指標・がんの予防対策で「受動喫煙をなくす」としていて、「東京都受動喫煙防止条例(仮称)の施行に向けて取り組んでいきます」とうたわれています。

 国の健康増進法とは別に、各都道府県は東京五輪の前に「受動喫煙をなくす」条例を制定してほしいと思っています。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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