Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

大腸がん大島康徳さんは1年 余命を気にしてはいけない理由

大島康徳さん
大島康徳さん(C)日刊ゲンダイ

「本来ならば私を支えて下さる皆様に最初にお知らせすべきところでしたのに……大変申し訳なく思っております」

 こんな“謝罪”をしたのは、野球解説者の大島康徳さん(67)です。

 2年前の10月に大腸がんの手術を受け、その後肝臓への転移もあり、抗がん剤治療などで闘病されています。その経過はブログにつづられていますが、余命を報告していなかったことが心残りだったようで、7日に「手術前に私が先生から伺った余命は一年でありました」と告白。“謝罪”は、その中の一節です。

 1年を超えて元気なのはうれしいことですが、余命に振り回されるのはよくありません。こんなデータがあります。

 食道がんで化学放射線治療後に再発した37人を追跡。実際の余命を調べたところ、19番目に長く生きた人の期間を示す「中央値」は9カ月でしたが、最短は1カ月、最長は約3年でした。大きなバラつきがあります。

 一般に余命告知で使われるのは、中央値ですが、このデータから告知通りになることはレアケースです。患者が告知期間を全うできずに亡くなると訴訟リスクがあるため、医師は余命を短めに伝える傾向があります。データ上は「1年」でも、告知は「半年」といった具合です。

 もう一つ、アンケート調査を紹介しましょう。放射線治療を受けた、あるいは受けているがん患者、一般の都民、東大病院の医師らを対象に、仮に余命が6カ月だった場合と1~2カ月だった場合に分けて「余命を聞きたいか」を調べたものです。回答は、患者306人、一般の都民1176人、医師109人を集計しました。

■闘病より人生を楽しむ

 患者の中で「余命を教えてほしい」割合は、余命6カ月で45%、余命1~2カ月で48%でした。一般の都民はそれぞれ46%、50%ですから大きな違いはありません。「聞きたくない」割合も、患者と都民とも10%前後で大差なし。余命を聞いておきたい人が多い傾向ですが、半数というのが現状でしょう。

 注目は、医師の回答です。「余命を聞きたくない」という医師は余命6カ月で3%、1~2カ月で5%と、患者や一般の都民よりかなり少ない結果でした。医師は「余命を知りたい」という思いが強く、その思いが「患者もきっとそうだろう」という判断に傾き、安易な余命告知を生んでいるのかもしれません。医療の進歩でがんは、早期なら治る病気になっています。しかし、がんと診断された人がショックを受けるのは、変わりません。診断から1年以内の自殺リスクは、そうでない方に比べて24倍。末期がんだと、診断と余命告知のショックが往々にして重なりますからなおさらでしょう。

 実は、私が余命告知をした翌日に病室で首吊り自殺された方がいました。その反省があるからこそ、一方的な余命告知は言葉の暴力だと思うのです。大島さんは「病気と闘うために生きるのではなく、人生を楽しむために生きるのだ」とも語っています。がん患者の皆さんは、ぜひ「人生を楽しむ」ことを大事にしてください。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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