がんと向き合い生きていく

入院計画書「クリニカルパス」のメリットとデメリット

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 最近の短くなっている入院生活のスケジュールについてのお話です。

 会社員のPさん(53歳・女性)は食道に早期がんが発見され、外科手術で食道の一部を切らずに内視鏡治療でがんを切除できるということで入院することになりました。

 入院にあたって説明されたのが、「クリニカルパス」という入院中の計画書でした。この表には月曜日入院、翌日内視鏡治療、翌週火曜日退院となっていました。そして入院中に行われる検査、治療などのスケジュールが記載されていました。

 Pさんは入院してこのスケジュール通りに生活することになります。

 これを見たPさんは「退院後の予定を立てやすい」と、とても喜んでいました。

 クリニカルパスとは、このように入院中のスケジュールがすべて記載されたものですが、各治療法別に病院内でそれぞれ統一されています。担当医あるいは患者によって一人一人計画書を作るのではなく、標準化、統一されたものなのです。

 スケジュールを統一することによって、たとえば「ある患者ではある検査が抜けていた」といったことはなくなります。看護の計画も立てやすくなり、安全面も向上する、入院期間も短くできるという点もメリットといわれています。

 また、同じがんの同じ治療での例を集積し、それを評価、反省して入院治療の質を向上させようとする目的もあります。 良好な病院として示される日本医療機能評価機構の評価では、クリニカルパスを適応している病院かどうかがチェックされ、がん診療では、がん連携拠点病院においてクリニカルパスが推奨されています。外科の手術、放射線治療、化学療法などでもクリニカルパスを作っている病院が多く、現在では、入院で行われる各種がん治療の約半数以上はクリニカルパスで行われている病院もあるのです。

 Pさんの場合はすべてが計画通りに進み、予定通り退院できました。しかし、もし万が一、治療で食道壁に穴が開くとか、大出血、発熱など特別なことが起こった時は、バリアントとして計画が変更されることになり、それの対策、変更が行われます。

■患者は一人一人、体も心も違う

 もっとも、入院するすべての患者が統一したクリニカルパスに組み入れられるわけではありません。がんの治療が目的でも、持病に糖尿病や腎臓病などがあったり、そのための治療などが必要な場合は、他の患者と同じようなクリニカルパスには組み込みません。つまり、「統一・標準化」に合わない場合は、クリニカルパスは適応し難いのです。

 クリニカルパスはとても便利で、特に異論はありません。ただ、医療者、特に看護師は皆さんが肝に銘じていることで、あえて申し上げることではないとは思いますが、決められた、統一されたチェック項目、それだけに気が行ってしまうことがないようにお願いしたいのです。

 患者は、一人一人、体も心も違います。クリニカルパスの項目に入っていない、載っていない患者の体調や気分の変化などにも気を配ってほしいのです。クリニカルパスの項目ばかりではなく、患者自身を診てほしいのです。

 特に電子カルテでは、クリニカルパスはとても便利で、「落ち度なく、病気が治って予定通り退院できればよい」と言われるかもしれません。しかし、先人から教わった「私たちの医療は病気を治すのではなく、病人を治すのだ」という言葉があります。これはとても大切な、医療の原点だと思うのです。

 イギリスでは「リバプール・ケア・パスウエイ」というみとりのパスがあるようです。

 もう数日の命と医師が判断した時に適応されるケアを、過不足なく実施するためのチェックリストで、日本語訳も紹介されています。

 しかし、「死ぬときまで標準化、統一化するのか」と考えると、あまり賛成したくない思いがよぎるのが、正直な気持ちです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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