天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「多剤併用」「長期処方」の患者を手術する際はまず薬の整理をする

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 高齢者の増加に伴って、大きな問題になっているのが薬の多剤併用(ポリファーマシー)と長期処方です。複数の持病を治療するためにそれぞれ投与されたいくつもの薬を長期にわたって服用していると、相互作用によって薬害事象が起こりやすくなります。日本医師会と日本老年医学会は、副作用がより多くなる6種類以上の薬を併用している場合を多剤併用と定義しています。

 高齢になるとどうしても、高血圧、高血糖、高コレステロールといった生活習慣病を抱えている人が増えるため、それぞれの薬を併用しているケースが増えます。さらに睡眠導入剤や向精神薬、さまざまな疾患の治療薬を常用している人も少なくありません。

 先日、大動脈弁狭窄症の治療のために当院を訪れた70代中盤の女性患者も、多剤を長期処方されていました。とりわけ、向精神薬を異なる2カ所のクリニックからそれぞれ処方されていたことで、フラフラな状態でした。クリニックからは副作用の説明を受けていないため、出される薬を飲み続けて尿が出づらくなってしまい、さらに泌尿器科で別の薬を処方される……まさに“薬漬け”です。

 そうした患者さんの手術を行う場合、事前入院の期間を長くとってもらい、入院しながら薬を整理していきます。いま飲んでいる薬が効いているのかどうか、本当に必要なのかどうかを見極め、不要な薬を削っていくのです。

 まずは患者さんと薬についてしっかり話をします。医療者側がきちんと服用している薬を確認したうえで、「この薬とこの薬を併用して飲んでいると、こんな副作用が出やすいから、こっちの薬を削って、この薬だけを飲むようにしたほうがいい」といったアドバイスを医師と薬剤師の両方で行います。薬剤師の服薬指導の真価が問われます。そうした提案をすんなり受け入れてもらえると、本来の治療もスムーズに進めることができます。

■どれだけ誠意を持って介入できるかが重要

 薬を整理して全身状態をコントロールしてから手術を行い、術後は適切な投薬に変更する。患者さんを預かる立場としては、そうしたところまでしっかり考えなければなりません。これが「オーダーメード医療」です。自分が専門にしている治療だけではなく、患者さんの“その先”まで診る必要があるのです。

 そのために重要なのが薬剤師や管理栄養士といった専門家です。彼らがきちんと下支えしてくれるおかげで、われわれは本来の治療に専念することができます。

 しかし、患者さんが訪れる施設によっては、不要な薬の整理をしてもらえないまま、手術や、さらなる投薬治療が行われ、結果的にマイナスになってしまうケースもあります。かつて、私の義母も似たような状況で亡くなっています。

 高齢になって膝の関節に痛みが出始めたため、近所のクリニックを訪ねたところ、ある漢方薬を勧められました。ところが、義母はもともと高血圧体質で、その漢方薬の副作用でさらに血圧が上昇。悪性高血圧(高血圧緊急症)になってしまったことで腎機能に障害が起こりました。結局、それから人工透析を受けるようになり、最後は透析の合併症で亡くなってしまったのです。

 患者さんが訪れる施設によって、時には命を落としてしまうことがある。これは、多剤併用や長期処方が当たり前のようにたくさん実施されている環境によって生まれています。それを運よくくぐり抜けた人が長生きして、くぐり抜けられなかった人はさらなる治療や療養が必要になったり、場合によっては亡くなってしまうのです。

 社会問題にもなっている多剤併用と長期処方を改善するために必要なのは、「医者の良心」に尽きます。とりあえず薬を処方しておけばいいといったように、簡単なほうに処理して患者さんを放り出すのは簡単です。また、多少過剰でも薬をたくさん処方すれば施設も経営的に潤います。

 しかし、これは患者さんの先まで見据えた医療とは言えませんし、そうした姿勢が多剤併用や長期処方の問題の元凶です。医師が介入するときにいかに誠意を持って介入するか。良心のある医師を増やすためには、医学部での教育から変えていくしかないでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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