がんとは何か

<10>がんになるための遺伝子と変異の順番は決まっている

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 正常な細胞はたったひとつの変異でがんになるのだろうか? あるいはたくさん変異していればがんになりやすいのだろうか? 米国がん学会の会員で、最新のがん情報にも詳しい国際医療福祉大学病院内科学の一石英一郎教授が言う。

「臓器によっては膵臓がんなど、発がんメカニズムが違う可能性も示唆されていますが、比較的がんの道筋が明確になっているのは大腸がんです。最初にAPC遺伝子が変異するか欠損します。正常細胞ががんになるのを防ぐ、がん抑制遺伝子です。これが正常に働かないと、大腸の正常粘膜の分化や増殖が盛んになって腺腫(良性腫瘍)ができます。次にがん遺伝子であるKRAS遺伝子、がん抑制遺伝子であるP53遺伝子の変異が続き、腺腫が悪性度を増して早期がんになるのです。さらに別の遺伝子が変異すると、浸潤と転移の能力を身につけ、遠くの臓器に新たながんをつくります」

 KRAS遺伝子とは大腸がん、膵臓がん、肺がん、胆管がんで変異の割合が高いがん遺伝子だ。この遺伝子のもとでつくられるタンパク質は、細胞の中で細胞外の刺激に従って増殖シグナルを伝える働きをする。

 ところが、この遺伝子が変異を起こすと増殖シグナルが送りっ放しになって細胞増殖が無限に続く。大腸・直腸がん患者の約40%でこの遺伝子の変異があるといわれる。

 一方、P53遺伝子はがん種を問わずがん患者の半数以上に変異が見られるがん抑制遺伝子だ。

 細胞核の中にあって「生命の設計図」と呼ばれるDNAに問題が起こると、「DNAの修復」「細胞分裂で行われる細胞周期の停止」「異常な細胞が必要とする血管新生の抑制」「壊れた細胞のアポトーシス(自死)」などの働きを行い、細胞ががん化するのを防ぐ。

 別名ゲートキーパー遺伝子とも呼ばれるP53遺伝子がつくるタンパク質は正常細胞にはほとんど見られない。ただし、変異したP53遺伝子がつくる異常タンパク質は細胞に蓄積する性質を持つ。

「正常なP53タンパク質は通常、MDM2と結合しています。この状態のP53タンパク質は分解されやすく、細胞内にはほとんどたまりません。ところが細胞がストレスを受けると、P53をリン酸化する酵素が働き、P53は活性化されます。このときP53タンパク質は形が変わり、MDM2と結合できず、P53タンパク質は分解されずに、細胞内に増えていくのです」

 当初、P53ががん遺伝子と間違えられたのは、がん化した細胞にP53が多数見つかったからだ。

 いずれにせよ、大腸がんは少なくとも3つの遺伝子変異が積み重なることでがん化し、さらに決まった遺伝子が順番通りに変異することで浸潤・転移する。がんはこのように特定の遺伝子が順番通りに変異して初めてがんができるのだ。これを多段階発がん説と呼ぶ。

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