人生100年時代を支える注目医療

心蘇生後の脳機能障害が軽くなる「水素ガス吸入療法」

佐野元昭准教授
佐野元昭准教授(C)日刊ゲンダイ
佐野元昭准教授 慶應義塾大学病院・循環器内科(東京・新宿区)

 水素水や水素風呂(入浴剤)など、水素関連商品が多く市販されているが、その健康効果には議論が続いている。しかし、一方で医療分野での水素研究には大きな期待が寄せられている。

 2016年11月には、心停止した患者の蘇生後に水素ガスを吸入させる「水素ガス吸入療法」が先進医療に認定された。それを受け、昨年2月から慶応大学病院を中心に世界初の大規模臨床試験が始まっている。

 同大で10年以上前から水素の研究を行ってきた佐野元昭准教授は、世界中で研究が始まったきっかけをこう話す。

「そもそもの出発点は、日本医科大学の太田成男先生(現名誉教授)が、細胞レベルの研究で水素ガスに抗酸化作用があることを実証したことです。さらに脳梗塞のラットに水素ガスを吸入させた実験で、虚血再灌流障害に有効であることを証明しました。それを2007年に生物医学の最高峰医学誌『ネイチャーメディスン』に発表され、そこから世界中で水素の研究が始まったのです」

 虚血再灌流障害とは、血栓などで一度血流が止まった細胞組織に再び血液が流れると、大量の活性酸素が発生して急激な細胞障害が起こる臓器障害。水素ガスを吸入させると、その発生した活性酸素を除去する効果があることが分かったのだ。

 当時、佐野准教授が行っていたのは、心筋梗塞に対する水素ガス吸入の有効性の研究。動物実験で効果を確認した上で、救急外来患者の臨床研究(20例)でも水素ガスを吸入した方が治療後の心臓のポンプ機能が改善することを証明した。

「しかし、心筋梗塞はカテーテル治療など治療法が確立されています。それで他に有効な疾患はないかと、着目したのが心停止後に蘇生した患者さんへの応用です。心停止すると心拍が再開しても8割が亡くなり、助かっても脳に後遺症が残ることが多いからです」

■大がかりな装置は不要

 従来、蘇生後の脳へのダメージを減らすために、体温を強制的に低下させる「体温管理療法」が行われている。

 しかし、体温を早く冷やすために高度で大がかりな装置が必要になるので、高度救命救急のような施設でないと実施が難しい。

 それが水素ガスの吸入が有効となれば、大きな病院でなくても簡便に実施できる画期的な治療法となる。

 そこで佐野准教授らのグループは、心停止をさせたラットであらためて実験。水素ガス吸入療法に体温管理療法と同程度の脳機能の改善効果があることを実証。この基礎研究から同大では、人に対しても救急医療の現場で5人の心肺停止患者に水素ガス吸入療法を行い、退院4人、死亡1人の研究結果を得ている。

 現在進められている大規模臨床研究では、体温管理療法を併用して全国18施設以上で、3年間をメドに水素ガスと偽ガスを吸わせた360例の比較試験が行われている。

「水素ガスの効能は、私たちの動物実験の研究で『炎症の抑制』や『血行動向の安定化』なども認められています。臨床研究の結果次第では、救急医療の現場でさらに患者さんの生存率を上げるさまざまな治療への応用が期待できます」

 秘められた“水素の力”に注目していきたい。

▽1992年慶応義塾大学医学部卒。同大医学部内科学を経て、00年米国・ベイラー医科大学循環器内科に留学。05年慶応義塾大学医学部循環器内科、13年から現職。17年水素ガス治療開発センター長を兼任。〈所属学会〉日本循環器学会、日本心臓病学会、日本再生医療学会など。

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