秋の物悲しさはこれで解消 悲しくなったら空を見ろ

(C)123RF
(C)123RF

 秋は、なぜか物悲しい気持ちになる。日々気温が下がり、日照時間が短くなることが無意識に生命の危機を感じさせるからかもしれない。そんなときは、机から顔を上げ、空を見上げようではないか。あなたの心を少しは明るく変えてくれるはずだ。上を向くことは自分の感情をポジティブに変化させる。それは認知心理学が証明している。「日常と非日常からみるこころと脳の科学」(コロナ社)の編著者で、九州大学基幹教育院人文社会科学部門の山田祐樹准教授に聞いた。


「思考や判断、記憶といった認知は脳だけが行うと考えられてきました。ところが最近は人の身体の状況も認知に少なからず影響を与えることが複数の研究報告によってわかってきたのです」

 例えば、うなずきながら人の話を聞くと、左右に顔を振りながら聞くより説得されやすい、重い荷物を背負うと坂が急勾配に見える、ドアを通り抜けると記憶が薄れやすくなるなど、その例は枚挙に暇がない。

 昔から心と身体はつながっていて精神的ストレスは身体面にさまざまな悪影響を及ぼすことが知られている。逆に身体の状況によって認知が変化するのではないか、という仮説はたくさんあるのだという。

 その代表となる理論が有名な「泣くから悲しい」というジェームズ・ランゲ説だ。この理論は「悲しいから泣く」というキャノン・バード説とは対照的に、「人は刺激を受けて悲しみという感情が湧きあがり、泣くという身体反応が表れる」のではなく「刺激を受けて泣くという身体反応が表れ、それに伴って悲しみが押し寄せる」という理論だ。

「これを科学的に説明しようというのが顔面フィードバック仮説です。顔面筋の状態が感情を規定するという理論で、これを証明するために、ボツリヌス毒素を注射で顔面に打って、一時的に顔面麻痺を起こして、他人の怒り顔をみたときの扁桃体の動きを観察した研究があります。怒り顔を見た扁桃体は通常、強く反応しますが、顔面麻痺が続いている間の扁桃体はほとんど反応しませんでした」

 2009年には身体空間と感情との関係において新たな仮説が提案された。「身体特異性仮説」だ。自分の身体を中心とした空間において、「上」「右」はポジティブな感情が、「下」「左」はネガティブな感情が紐付けされているという。実際に、上方向への運動をしているときには下方向への運動の場合に比べて良い思い出を多く想起することが報告されているという。「左」「右」の感情は左利きの人では逆転するという。

 この仮説を支持するものに米国大統領選での候補者演説の研究がある。右利きの候補者は良い話題をするときは右手のジェスチャーが左手のそれより多く、左利きの候補者はその反対の傾向が見られたという。

 感情を動作によって調整できる可能性があることはデジタルデバイスを使った実験でも証明されているという。山田准教授を含む研究グループは、液晶ディスプレイを指を滑らせて操作する

「スワイプ」が感情をどう変化させるかを調べた。

 実験では参加者に2つのことをお願いしたという。①タッチパネルで示された画像に対する感情を-3~+3の7段階で評価する。②画像が消えた後に画面に黒色のボールが出たら、瞬時にそれにタッチしてずらしながら画面の「上」もしくは「下」に動かす、だ。

 ただし、「上」「下」という言葉自体にポジティブ・ネガティブの印象がある。それを排除するため、参加者にはあえて「上」「下」という言葉を使わずに説明したという。

 そうすることで参加者は画像を見ていったんスワイプした後に画像を評価することになる。

 結果は予想通り、下から上にスワイプした後の方が画像の評価が良かったという。

「この研究が面白いのは目線など身体を下から上に動かすことがポジティブな感情を生み出すということだけではありません。私たちは感情を動かす出来事と出会った瞬間に気持ちが湧きたち、涙を流すなどといった身体反応が起こると信じていますが、それが幻想だと示されたことが新しいのです。感情はしばらく待ってから起こっていて、その間に身体を動かすことで感情は変えられる可能性があるのです」

 この視点を応用すれば、気分障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの患者さんをポジティブな感情に誘導するキッカケになるかもしれないという。

 実際、眼球運動やタッピングと傾聴を組み合わせることでPTSD治療を行う方法も開発されている。

 職場でも家庭でも重い責任を担う中高年にとって心の平穏は健康にとって重要だ。感情は身体を動かすことで変えられる可能性があることは覚えておこう。

関連記事