認知症の人にも効果あり「歯科VR」のメリット&デメリット

乳児から大人の患者まで…
乳児から大人の患者まで…(提供写真)

「仮想現実」「拡張現実」と訳される「VR」(バーチャルリアリティー)や「AR」(オーグメンテッドリアリティー)を使った歯科治療をご存じか? 歯の治療中に患者がVRゴーグルを装着してVRやARの動画に集中してもらうことで、患者の痛みや不安、恐怖心を和らげるという。もともとは歯科治療中にジッとしていられない乳児や注意欠陥・多動症の子供たちを念頭に開発されたが、最近は知的障害者、認知症の患者ら大人にも効果があることがわかってきて、広がりを見せているという。

「17~50歳くらいの知的障害者の患者さんや歯科恐怖症・嘔吐反射の患者さん7人に歯科VR治療を行いました。結果は上々です」

 こう語るのは大阪歯科大学付属病院で障害者歯科診療を担当する田中佑人歯科医師だ。

 知的能力障害者の歯は、子供の頃は手厚く管理されている場合がある。しかし、障害児の成長に伴う親の高齢化などの周囲の変化により、継続的な管理が行えず虫歯や歯周病が多発してしまうこともあるという。

「知的能力障害者の方の歯の治療は患者にとっても歯科医師にとっても大変です。10秒間、口を開けてもらうことが簡単ではないこともあります。なかには全身麻酔が必要なケースもあります。その準備と眠りから覚めるまでのフォローのため、虫歯治療でも入院が必要になることもあるのです」(田中歯科医師)

 しかし、40代男性に歯科VRによる虫歯治療を施したところ15秒以上開口状態を保てたので、抜歯などの積極的な治療ができたという。

■麻酔、入院が不要に

「おかげで医療麻薬を使わずに済み、治療に伴う手間とリスクが減りました。医療側だけでなく患者さんの負担も軽くなるのは素晴らしいことです。今後、増加が予想される認知症の患者さんの歯科治療にも有効だと思います」(田中歯科医師)

「BiPSEE歯科VR」を手掛ける㈱BiPSEEの代表取締役で心療内科医の松村雅代氏が言う。

「歯科治療を嫌がる方にとって歯科受診には4つのハードルがあります。来院すること、待合室で待つこと、治療室に入ること、処置・治療を受けることです。それぞれのハードルを無理なく乗り越えるためのVRサービスを提供しています」

 例えば虫歯を削る機械音が聞こえる待合室は、不安や恐怖心を感じる。歯科医院に入ったときからVRゴーグルを装着すれば、その没入感によりおとなしく治療の順番を待っていられるという。

「そのうえで、“次の部屋で別のVRをしようね”と呼びかければ、治療室に入るハードルもグッと下げることができます」(松村氏)

 現在開発中の新サービスではARを活用して患者が待合室から治療室に向かう通路にドアを登場させる。それをくぐると現実の診療室に魚が泳いでいるようなARを患者に見せることができる。

■痛みが“消える”

「治療中は患者さんが見ている画像を治療側が操作し患者さんの姿勢を治療しやすい形に誘導することも可能です。また、VRによる気をそらす効果は痛みに高い効果があるため、患者さんは楽に治療できます」(松村氏)

 VRによる鎮痛効果には有名な報告がある。16歳と17歳の米国男性の熱傷治療中に、テレビゲームとVRを使った場合に痛みをどう感じるかを調べた。その結果、VRが圧倒的に鎮痛効果が高かったことが報告されている。一昨年、福岡県内で局所麻酔をして歯科治療中の2歳の女児が亡くなったが、もし歯科VRがあれば避けられていた可能性もあるのではないか。

■目は悪くならない

 ちなみに、BiPSEEでは一般的な3DVRでなく、2Dを使用しているという。

「日本では、3D映像を用いたVRの視聴について、幼い子供の視覚への影響を懸念する声があります。そのことに配慮したものです。一方、欧米のガイドラインでは眼科的な疾患(遠視や斜視など)の既往がある子供以外には3D映像の視聴に制限がありません。今後、科学的な知見を重ね、納得感を醸成しながら、3D映像の採用も検討します」(松村氏)

 視点を次々と移動させるVRは目の疲労感が少なく、むしろ視力の改善効果をもたらす可能性があるとの研究もある。中国の民間研究機関がVRお絵描きソフトを使い、視覚への影響を調べた結果だ。その結果は長期間かけて慎重に分析する必要があるが、少なくとも歯科治療程度の短時間の使用なら問題ないと考えてよさそうだ。

 難点はVRゴーグルの装着自体が困難な場合があること。

「“この方なら大丈夫だろう”と思った患者さんを対象に勧めたのですが、嫌がられて装着できなかったケースもあります。許容範囲ではありますが、患者さんが装着したゴーグルが治療する際、邪魔になるケースもありました。一段のゴーグルの小型化が必要かもしれません」(田中歯科医師)

 健康の基本は歯。歯科治療弱者の子供や知的能力障害者、認知症患者に有効な歯科VRは、医療費削減の一助になるのではないか。

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