頭部打撲が多いとなぜ認知症発症リスクが高いと言われるか

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 日本の認知症患者数は6年後には予備群も含め約1300万人に達するという。うち4万人弱は64歳以下の若年性認知症。その原因のひとつとされるのがスポーツによる慢性頭部障害だ。米国ではアメフト選手の認知症発症率が一般男性の19倍も高いことが社会問題化。同様な懸念がボクサーやサッカー、ラグビー選手などへと広がっている。なぜ慢性頭部障害は認知症リスクを高めるのか? 放射線医学総合研究所・脳機能イメージング研究部の樋口真人部長に聞いた。

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 認知症には、いくつかのタイプがある。アルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症などだ。最も多いのがアルツハイマー病で全体の7割。若年性認知症に限れば、脳血管性認知症、アルツハイマー病、頭部外傷の順に多い。

 認知症の原因は、いわゆる脳のゴミの蓄積にある。アルツハイマー病では最初にタウタンパク質がたまり、次いでアミロイドβ(Aβ)というタンパク質が蓄積する。レビー小体型の場合は、αシヌクレインが増えていく。脳血管性認知症は脳卒中が引き金になるが、アルツハイマー病の合併が多く、同じように脳のゴミの蓄積が見られる。

 たまった脳のゴミが脳神経を障害し、記憶力や判断力、理解力などの認知機能を低下させ、日常生活に支障をきたすのだ。

 他の細胞なら失っても再生することがある。しかし、再生が難しい脳の神経細胞はいったんダメージを受けると元には戻らない。そのため、認知症を防ぐにはダメージの原因となる脳のゴミの蓄積を少なくすることが重要だ。

 では、脳内のゴミの蓄積はどうすれば減らせるのか。まずは脳のゴミ出し機能を維持することだ。

「脳のゴミ出しのシステムは長い間ナゾでしたが、徐々に明らかになっています。例えば、脳血管に沿う形で脳脊髄液と間質液が流れています。両者は絶えず交換されることで老廃物を間質から脳脊髄液へと排出しています。これをグリアリンパシステムと言います。最近では脳表面を覆う硬膜内にリンパ管が見つかりました。これらにより過剰なAβやタウタンパク質が排出されていると言われているのです」

■脳のゴミ出し機能が壊れる

 実際、Aβを過剰につくり出すマウスは硬膜内リンパが壊れると記憶をつかさどる脳の海馬にAβが沈着することがわかっている。同様の報告が複数あることから硬膜内リンパ管もまた異常タンパク質の排出に重要な役割を果たしている可能性が高い。

 つまり、頭部にダメージを受けて脳表面を覆う硬膜内リンパ管が壊れたりつぶれたりすると脳内のゴミが行き場を失うことになる。脳卒中を起こして脳内の血管の一部が壊死したときも同様で、行き場を失った脳内のゴミはどんどんたまり、脳神経細胞を殺していく。そんな構図が見えてくるのだ。

 その意味では頭部にくり返しパンチを受けるボクサーに「ボクサー脳症」と呼ばれる認知症やパーキンソン病に似た症状が出たり、それを放っておくと認知症、パーキンソン病を発症することも納得がいく。

 米国サッカー協会が2015年から10歳以下の子どものヘディングを禁止し、11~13歳以下の子どもの練習中のヘディング回数を制限している。これは賢明な判断かもしれない。

「忘れてならないのは、睡眠もまた脳内の異常なタンパク質の排出に関わっていることです。実際、アルツハイマー型認知症の原因とされるAβは脳間質液中の濃度が睡眠のサイクルに合わせて日内変動していることが報告されています」

 アルツハイマー病を発症した実験用マウスの睡眠を数時間阻害しただけで脳間質のAβが増加することや長期睡眠を阻害するとアルツハイマー病の特徴とされる老人斑(Aβの塊)が促進されることが報告されている。

 では、睡眠中に脳の中では何が起こっているのか?

「起きている間に蓄積した脳のゴミ(老廃物)は睡眠のなかでもとくに深い眠りに当たるノンレム睡眠時に脳が縮小することで神経細胞外のスペースが拡張、Aβや過剰なタウタンパク質などが流れやすくなっていることが報告されたのです。つまり、ノンレム睡眠が多い質の高い睡眠を適度に取る人の脳内のゴミは除去されやすく、そうでない人のゴミはどんどんたまっていくことが推測されているのです」

 では浅い眠りといわれるレム睡眠は脳内のゴミ出しに関わっていないのだろうか?

 実は昨年健康な人を対象にした睡眠パターンと認知症との相関を調査した前向き研究が発表された。それによると、レム睡眠が少ないことが認知症の危険因子であることが報告されている。

 いずれにせよ、十分な睡眠が認知症の予防になりうるのだ。

 認知症を予防するにはそのリスクが高い病気を予防することが重要だ。糖尿病は認知症罹患リスクを約2倍にし、中年期の脂質異常症はそのリスクを2~3倍に押し上げる。うつ病や難聴などにも注意が必要だ。それと同じくらい頭を打たず、よく寝て、病気にならないことが肝要だ。

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