アルツハイマー病の新たな“共犯者”ミクログリア細胞の正体

ミクログリア細胞(小西講師提供)は痛みや発達障害にも関係
ミクログリア細胞(小西講師提供)は痛みや発達障害にも関係

 認知症の7割を占めるアルツハイマー型認知症。長らくその“主犯”とされた「アミロイドβ(Aβ)」は、細胞外のそれを除去しても必ずしも認知機能低下を防げないことが判明。代わって“主犯格”に浮上しているのが、主に脳神経細胞内にたまる異常な「タウタンパク質」だ。その毒性により細胞を内側から壊し記憶や感情を奪う。近年はそのタウの“強力な共犯者”として脳内免疫細胞の「ミクログリア」が脚光を浴びている。どんな細胞なのか。名古屋大学大学院医学系研究科機能組織学教室の小西博之講師に聞いた。

 脳には情報伝達を行う1000億個のニューロン(神経細胞)があり、神経細胞同士のすき間を埋めるように存在するのがグリア細胞だ。その数は神経細胞の5~10倍くらいあり、神経細胞の保護や栄養分の運搬、有害物質の遮断、神経伝達の迅速化などを担っている。

「グリア細胞には複数の種類があり、最も細胞数が多くて有名なのがアストロサイトです。脳内の血管壁に張り付いて栄養分を吸収して神経細胞に与える一方で、脳血液関門として脳に有害な物質が侵入するのを防ぎます。ミクログリアは長らくその役割が不明でしたが、脳や脊髄に点在し、その細長い突起で神経細胞を監視。傷ついた神経細胞の修復やAβなど細胞外に蓄積した過剰なタンパク質や死んだ神経細胞の貪食・除去などの役割をしていることがわかってきました」

 そのミクログリアがなぜタウやAβと共にアルツハイマー病の犯人として浮上しているのか?

「この細胞は、外からの刺激で活性化すると姿を変えて、神経栄養因子や保護因子を放出すると同時に炎症性サイトカイン、一酸化窒素、活性酸素、興奮性アミノ酸など神経細胞を傷害する“毒”を吐くことがわかったからです。その結果、過剰なAβを貪食して掃除するだけでなく、正常な神経細胞にもダメージを与えてしまうのです」

 ミクログリアがどんな状況で過剰活性化して暴走するかは不明だ。明確なのは「炎症」が活性化の引き金になることだ。

「いくつかのケースが確認されています。ひとつは手や足など脳から遠い場所の病気やケガで生じた炎症により活性化されるケースです。敗血症は細菌感染をキッカケに、細菌が吐き出す毒素が全身に広がり、多臓器不全やショックなどを引き起こす重大病です。その原因のひとつが細菌の細胞壁の表面にあって免疫活性を促すリポ多糖(LPS)です。LPSを実験用マウスに注射するとミクログリアが活性化することが確認されています」

 もうひとつは頭部打撲などによって脳または脳を包む髄膜が損傷し、その刺激でミクログリアが活性化するケースだ。

「ほかにも腸や内臓に生じた炎症で迷走神経が活性化、その刺激が脳内に伝わりミクログリアが活性化するケースなども検討されています」

 この細胞が厄介なのは、通常の免疫細胞と違って外部刺激の強弱に応じて活性化の強弱が決まらないことだ。

「ミクログリアは、怒っている人が、自分の発した言葉に興奮して怒りに拍車をかけるように、小さな刺激でも、時間の経過とともに強く活性化することがあります。自分で発した炎症性物質を、新たな刺激としてとらえる受容体があり、それ故に激しく活性化する自己活性化ループというシステムを持っているからです」

■痛みや発達障害にも関係

 つまり、ミクログリアは軽く思える病気やケガで生じた小さな炎症でも活性化し、長時間をかけて過剰活性化する可能性がある。しかも、いったん活性化すると簡単に沈静化しない。20年以上かけて脳神経を破壊して認知機能を低下させるアルツハイマー型認知症の犯人と疑うには十分な素養を持った細胞なのだ。

「さらに、特定の遺伝子に欠損や異常があるとミクログリアがあまり活性化しない、または活性化してもエネルギー不足で活性化が長続きせずに死んでしまいます。そうなると、脳内の不要な老廃物を掃除できなくなる。この場合もまた、アルツハイマー型認知症を招くことになります」

 ミクログリアは認知症以外に痛みや自閉症などの発達障害にも関係していることがわかっている。

「痛みのシグナルは脊髄を介して脳に伝わるため、脊髄のミクログリアが過剰活性すると痛みが強く長く残る可能性があります。また、ミクログリアはあまり使われないシナプス(神経細胞同士のつながり)を刈り込み整理するなど、脳神経細胞の正常な発達を補助する役割があります。過剰に活性化したり、機能が低下すると、神経回路の整理がうまくいかず自閉症などの発達障害を発症させることがあるのです」

 ミクログリアの研究から目が離せない。

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