上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

新型コロナによる「医療崩壊」は確実に迫ってきている

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナウイルスの感染拡大で懸念されているのが「医療崩壊」です。入院や治療が必要な感染者が今後も増え続け、医療機関で受け入れ可能な人数を超えてしまうと、治療に当たる医療従事者や人工呼吸器などの設備が足りなくなり、普段であれば救える患者を助けられなくなる恐れがあるのです。

 感染者数が3000人を超えた東京では、新型コロナに対応できる病床数を2000床から4000床に増やすため、連日ベッド数を増やして対応しています。順天堂医院も、新型コロナに対応する専用病棟をつくって現在はICU内専用ベッドを加えて二十数床を確保しています。ただ、感染者が一気に増える可能性がある都市部の医療機関の状況を見てみると、医療崩壊を意識せざるを得ません。

 もともと大学病院をはじめとする特定機能病院、都市部の中規模・大規模病院は、専門性が高い医療機関です。しかし、そうした専門性を維持するための人手は必ずしも十分ではありません。

 そんな状況のところに、新型コロナによる重症肺炎の患者さんが運び込まれると、人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)のような高度医療機器の管理のために人手が足りなくなるうえ、設備も不足してしまいます。

■専用病棟の確保も足並みが揃っていない

 新型コロナの重症肺炎に対しては、一度びまん性肺炎に進行するとこうした機器による大掛かりな医療が行われ、いったん始めると最低でも2週間の期間が必要です。それに対応するためには、専属チームを編成するなど本来の病院全体の機能の一部を新型コロナ用に移さなければなりません。しかし、病院単独ではそうした判断はなかなかできないものです。今回は緊急事態宣言が出されたことによって、通常の診療を減らして新型コロナの治療に対応する方針にシフトした医療機関がほとんどでしょう。

 ただ、都市部の特定機能病院や中規模・大規模病院が新型コロナへの対応をさらに増やしたとしても、感染者が増えていけばいずれ確保したベッド数から患者があふれます。そうした患者は、次に呼吸器の重症者を診ることができる一般病院が受け入れることになります。

 しかし、そのような一般病院は医師も専門性が高いとはいえないうえ、高度な治療を行える設備も揃っていません。一般的な病院でできる肺炎治療で対応することになるので治癒率が低くなり、新型コロナ患者が長期にわたってベッドを占有する可能性が高くなります。

 そうしたパターンで一般病院のベッドが埋まると、その次の新型コロナ患者はさらに人も設備も足りない施設が診ることになります。そうなると、治癒する見込みがどんどん少なくなって死亡者も増えていくのです。ここまで来ると、中国・武漢であったような「新型コロナの患者を新たに見つけるのがよくない」とか「病床が埋まっているのに運ぶ方が悪い」といった責任のなすり合いが始まります。それが完全な医療崩壊の姿です。

 冒頭でもお話ししたように、いまは東京都の要請で都内の医学部付属病院や特定機能病院などが集められ、新型コロナに対応する専用病床の確保が進められています。しかし、すでに院内感染を起こしていたり、クラスターになる可能性がある職員が出てしまった施設などはすぐには対応できないため、なかなか足並みが揃いません。

 緊急事態宣言下でも新たな感染者が一定数以上見つかれば肺炎患者は出てきますから、その結果、次に発生した新型コロナの肺炎患者はどこでどのように治療されるのか、というプランが立たなくなってしまいます。それがいま起こりつつあるのです。

 医療崩壊を食い止めるには、専門家会議が表明しているように、とにかく感染母数を減らすしかありません。それと同時に、まずは最前線の医療現場が崩壊しないように医療者側の安全も見込んだ万全の対応策を実行する必要があります。次回、詳しくお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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