がんと向き合い生きていく

家族にうつすと大変だから車中で寝る…医療者の疲弊が心配

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「先生! 今、戦争です」

 看護長は言います。

「周りの誰がコロナ感染者か分からない。病院では今、戦争が起こっています。コロナ戦争です」

 相手は目に見えない存在。一番怖いのは院内感染です。

 1人の感染が分かると、接触した可能性のある患者、職員など数十人のPCR検査を行い、患者は隔離、職員は自宅待機になります。病院の機能はマヒします。そのために新しい外来・入院患者を断った大学病院は1、2カ所だけではありません。患者ばかりではなく、病院職員も守られなければなりません。中には妊娠している看護師もいます。

 外来で、入院で、消毒、マスク、防御衣の不足は深刻です。国はマスクを量産する、輸入する、と言っていますが医療現場には届いていないのです。

 1日1枚のマスクを2日に1枚、なに? 3日で1枚? クリアファイルで顔を覆え? 家の雨がっぱを持ってこいって? 1回の勤務でコロナ患者のところに何回行くのか? 着替えは? その着替えがない。これまでの感染防御指導はなんだったの? なんでもいいから、とにかく院内感染を防ぐことが重要だ。

 入院しているコロナ患者の動線はどうする? 患者の肺炎の状態を見るためCT室に運ぶ時に感染を広めないだろうか?CT室の消毒、アルコールが足りない? 次亜塩素酸水を使う?

 患者の呼吸状態が悪くなった。酸素濃度が75%で苦しそうだ。すぐに人工呼吸器につなぐための気管挿管……なかなか入らない。患者のエアロゾルを浴びてしまう医師、看護師……おい! 大丈夫か? さらにお上は「コロナ患者をもっと入院させられないか」と言ってくる。コロナ病棟の再編成? もう、コロナベッド満杯だ。

 病院の某幹部が「私はお上と病院職員の間で板挟みです」という。あなたは病院の幹部でしょう? 職員を守ってください。職員を守れなければ、患者を守れないでしょう?

 某病院は人工呼吸器が不足し、65歳以上は死亡率が高いため人工呼吸器にはつながないことを決めたといいます。まずは若い患者を助けなければならない。かわいそうだけど仕方がない……医師も看護師も悩みながら決断します。

「家族にうつすと大変だから家に入らない。今日は車の中で寝る」

 そういう医療者はたくさんいます。肉体と精神の疲弊が続き、ふとした隙にコロナが入り込むのが心配です。

■抗がん剤点滴をホルモン治療に変えた病院も

 このような時期にがんと診断された方はどうすればいいのでしょうか。日本臨床腫瘍学会は「がん診療と新型コロナウイルス感染症:がん患者さん向けQ&A」(2020年4月20日更新)を公表しています。

 がんの治療薬の多くは外来で投与されています。抗がん剤の点滴はいつもより増して患者の状態に注意が払われます。ある病院では、乳がんの抗がん剤点滴を内服のホルモン治療に変えたそうです。

 国は、検査の大変さや医療崩壊を起こすといったことを理由にして、PCR検査の実施を世界の中で最も少なくしました。しかし20日、全国医学部長病院長会議で、院内感染を防ぐ水際対策として「すべての入院患者に対し、手術などの前にPCR検査を公費でできるようにしてほしい」と国に要望しました。

 私たちは今、ウイルスと闘う、感染した患者を診る医療者を称えながら、治療薬やワクチンの開発を待っています。国の対応にイライラしながらも、うつらないように人から離れて、見えないウイルスから逃げて暮らしています。しかし、医療者をはじめ介護サービスなど、人から離れられない方たちはたくさんいらっしゃいます。

 経済よりも、まず命が大切です。生き残れたら、また頑張ってみんなで働きましょう。

 この流行が早く過ぎて欲しい。そしてその後には、国は次の流行を阻止するための防御にお金をかけて欲しい。

 昨年、自宅の狭い庭に1本の小さな柿の木を植えました。今年も小さな葉が見えてきました。私たち夫婦が生きているうちに実がなるとは限りません。それでも、乾いた日には水をやろう。そう思います。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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