上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

新型コロナによる「血栓」…手術を行う選択肢も考えられる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 まだまだ収束していない新型コロナウイルス感染症(COVID―19)の研究が世界各国で進んでいます。最近、クローズアップされているのが「新型コロナウイルスが全身に血栓を生じさせる」という報告です。

「米国心臓病学会誌」では、静脈系でも動脈系でも、血管の炎症、血小板の活性化、内膜の障害と機能の低下、血流の滞りによる血栓症が死因に直結するという研究結果が掲載されました。

 なぜ血栓ができるのかについては、まだはっきりしたことはわかっていませんが、血管内皮細胞に感染したウイルスが炎症を起こして血管を傷つけ、それを修復するために血栓ができるのではないかと考えられています。

 また、生体防御反応によって播種性血管内凝固症候群(DIC)が起こるといわれています。多くの死者が出たイタリアでは、新型コロナウイルスの重症肺炎による死亡の原因は、新型コロナウイルス感染症に誘発されたDICのためという報告があるのです。

 DICとは、全身の血管内で血液凝固反応が起こって微小血栓がたくさんできる病態です。血管に血栓が詰まって血液が十分に行き渡らなくなって臓器不全を招いたり、凝固過剰によって凝固因子と血小板が使い果たされ、結果として血栓を溶かす線溶という状態だけが残るために大量出血しやすくなります。

 新型コロナウイルスによってできた血栓が冠動脈に詰まると心筋梗塞や肺梗塞、脳の血管に詰まると脳梗塞を招きます。新型コロナウイルス感染症の重症例では、若くて健康でも急激に悪化して亡くなるケースも多く見られます。これは、感染で生じた血栓によって、心筋梗塞、肺梗塞、脳梗塞などを合併しているためではないかと考えられているのです。

 抗凝固薬や血栓溶解薬といった薬を使って血栓をできにくくしたり、溶かしてしまえば、重症化を防げるのではないかという意見もあります。ただ、まだ研究段階でどこまで効果があるのかはわかっていません。

■DICでは手術はやりづらいが…

 ウイルス感染による血栓が動脈に詰まって心筋梗塞や狭心症を起こした場合、命を救うために緊急手術を行うケースも報告されてはいます。しかし、DICのように止血機構が破綻した病態があると、どうしても手術はやりにくいといえます。手術中に血液製剤を使って輸血すると、防御反応によってさらに血液凝固が進み、全身の臓器にダメージを与える可能性がありますし、大量出血しやすくなっているので切開した箇所で血が止まらなくなる危険も極めて高いのです。

 DICのように微小血栓ができる病態がある患者さんに対しては、血液中のサイトカイン(免疫や炎症に関係した分子が多い生理活性物質)の量を測定したり、ある一定の刺激を加えたときの反応を検査して、手術をするかしないかをスクリーニングしています。

 血液凝固反応を制御できるレベルで、なおかつ血を止めるための準備、たとえば血小板と凝固因子を輸血で補うといった対策をしっかり行える場合であれば、カテーテル手術や内視鏡手術という選択肢で対処できる可能性が出てくるといえるでしょう。

 ただ、新型コロナウイルス感染で生じた血栓が血管に詰まり、手術が必要なほどの心筋梗塞を起こすケースは全体から見れば非常にまれです。ここ数カ月、新型コロナウイルスに関する膨大な情報が世界中から相次いでいますが、テレビや新聞、ネットニュースでいくつかの症例が報じられると、それを目にした多くの人は「全員がそうなってしまうのではないか」と考えてしまって、いたずらに不安を募らせます。

 あくまでも、重症例では生じた血栓によって急激に悪化して亡くなる場合がある……という知識として捉え、一般的にはそこまで心配する必要はないと考えていいでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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