貧困高齢者を苦しめる厚労省ルール 訪問診療医が実感した「新型コロナ」の教訓<上>

小堀鷗一郎医師
小堀鷗一郎医師(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナウイルスに対応するのは最前線で感染者の治療にあたる病院だけではない。介護施設や在宅医療でもコロナとの闘いは続いている。そこで浮き彫りになるのが、硬直した行政の限界だ。

 新型コロナウイルスの蔓延はリスクが高いとされる高齢者を動揺させている。

「高齢者のコロナ致死率は高いとされていますが、今までの季節性インフルエンザの死亡者数と比較しても、そんなに恐ろしいものではないでしょう。それでも未知のウイルスなので、過剰な反応が目立つように思います」

 遠くに住む息子や娘がコロナの恐怖をあおったため、デイサービスに通わなくなってしまった高齢者もいた。そのため週を追うごとに筋力が衰えていき、3カ月間で自宅の玄関までも歩けなくなってしまったという。人との接触が減ったため、認知症が進んだとおぼしき人もいた。

 小堀さんのチームが在宅医療で訪問する人は現在、およそ150人に上る。うち20人から「先生、コロナが怖いから来ないで。電話診療で薬の処方箋ください」と要望された。それを受け入れるのは簡単なことだが、思わぬ弊害もあったという。

「今回のコロナで“お上”から『3月まで訪問診療が月1回だった患者は、電話診療で在宅時医学総合管理料(診療報酬)を取ることは認めない。3月まで月2回の訪問診療をしていた患者についてのみ、4月は1回の自宅訪問と1回の電話診療でも同じ管理料を取ることができる』と“お達し”が出たんです」

 厚生労働省のルールでは、月2回以上の定期的な訪問を標準としており、特例として電話診療に置き換える場合も、この基準をクリアした患者についてのみ認めると、改めて通達してきたのだ。

 だが、小堀さんのチームは、コロナが蔓延する以前から厚労省の指針に反して、月1回の訪問診療というケースが多かった。

 在宅医療は病院よりも安価といわれるが、月2回の訪問診療を受ければ、患者の自己負担額も2倍近くになり、月額9000円ほどに膨れ上がる。生活の格差は、みんなが想像しているよりも大きく、誰もが簡単に払える金額ではない。

「家具や調度品、真っ黒になる靴下を見れば、ギリギリで生活していることが分かります。だからウチではコロナが流行する前から、患者に金銭的な負担がかからないようにしていたんです」

 患者の状態が安定していれば、熱や血圧を測って聴診するなど様子を見るだけだ。そのために月に2回も訪問して9000円を出費させるのは忍びないと思ったという。

 その結果、電話診療については、訪問診療の7分の1程度となる外来の再診料の診療報酬で応じることになった。それでも24時間365日、患者に対応できる体制は崩さなかった。

「患者のことを考えた診療をしていました。それを否定する仕組みには非常に違和感がありますね」

 いくら現場が柔軟に対応しても、権限を握る役人は弱者に寄り添おうとしない。それはいつの時代も改まらない医療行政の欠陥だ。

 コロナ禍の今こそ、旧来の悪弊を見直すべきである。

(つづく)

小堀鷗一郎

小堀鷗一郎

1938年、東京生まれ。東大医学部卒。東大医学部付属病院第1外科を経て国立国際医療センターに勤務し、同病院長を最後に65歳で定年退職。埼玉県新座市の堀ノ内病院で訪問診療に携わるようになる。母方の祖父は森鴎外。著書に「死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者」(みすず書房)。

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