進化する糖尿病治療法

心不全を起こすリスクが高い50~60代で心臓の超音波を

息苦しさはひとつのサイン
息苦しさはひとつのサイン(C)日刊ゲンダイ

「坂道を上ると息が切れて苦しい」

 60歳を過ぎたあたりから、こう話していた現在70代前半の女性。ご本人は、息切れの理由を「運動が嫌いで体をあまり動かさないから」「太っているから」と考えており、子供たちがいくら「病院で検査してもらうべき」と勧めても、首を縦に振りませんでした。

 苦しいから歩かない。歩かないから筋力が弱る。子供たちは同居しているわけでなく、母親とたまに会う正月やお盆に「病院に行って」「歩いて」などガミガミ言いたくないこともあり、対策を講じることがないまま、あっという間に十数年が経ってしまいました。

 女性が心筋梗塞を起こしたのは昨年末のことです。一命は取り留めたものの、かなり心臓の働きが低下した状態でした。軽い糖尿病や高血圧も、この時に判明。服薬、食事内容の見直し、運動療法など課題がたくさんありますが、女性自身が「動くのがしんどい」「この年で、食べたいものを食べられないのはつらい」などと治療に積極的でなく、子供たちは頭を悩ませています。

 糖尿病、高血圧、脂質異常症は併発していることが多く、その状態が長く続くと、血管の内皮細胞が傷つき、その部分の血管壁に脂肪物質がたまって内膜が厚くなります。つまり、血液の通り道が狭くなるわけです。

 内膜で厚くなった部分はお粥のような状態(粥腫)になります。粥腫がなんらかのきっかけで崩れると血栓になり、狭くなった血管を塞いで血液の流れを止めます。それによって心筋梗塞や狭心症などを起こすのです。

 今は医療技術が進んでいますから、心筋梗塞や狭心症を起こしても、命を落とす確率は以前よりも減りました。ただし、心筋梗塞で命が助かっても、心臓に問題を抱えている状態は変わりません。これは、過去にこの欄でも紹介した通りです。心臓の機能が低下し、心臓が送り出す血液の量(心拍出量)が少なくなると、人間の体はそれをなんとかしようと、心臓を拡大して送り出す血液量を保ったり、拍出回数を増やしたりします。

 長期的になれば心臓の負担となり、心臓の働きがますます低下します。これが「心不全」です。初期では坂道を上ったり重いものを持ったりした時などに息切れが起こるようになり、進行すると寝ている時に息苦しさを感じるようになり、さらには夜中に突然息苦しくなり、起き上がっても息苦しさが抜けないようになります。心不全は、ある段階を過ぎると、対症療法しかなく、その苦しさと付き合っていくしかありません。

■特に女性は閉経後、要注意

 冒頭の女性のように、長く病院に行っておらず、心不全を引き起こす糖尿病、高血圧にも気付かず、心筋梗塞を起こして初めて心臓の機能低下が発見された場合、心不全は相当ひどくなっていることが予想されます。医療に「もしも」は禁物ですが、息切れを感じ始めた60歳すぎで検査を受けていたら、70代ではまだまだお元気で、旅行や食事を存分に楽しめていたかもしれないのです。

 心臓に負担がかかっているかどうか。これは、なんらかの症状が出てくる前に検査で調べることができます。糖尿病、高血圧、脂質異常症がある人は、将来的に心不全に至るリスクが非常に高いので、早い段階で検査を受け、現状を把握しておくべきです。

 最初に検査を受けるべき年齢の目安は、50代半ばから60歳前半くらい。心臓の超音波なら体への負担も少ないでしょう。今や心不全パンデミックともいわれている時代です。糖尿病などで心不全の疑いありであれば、健康保険が適用になります。特に女性は、閉経後、女性ホルモンの分泌量低下で、心臓に負担がかかりやすくなります。一度は検査を受けるべきです。

坂本昌也

坂本昌也

専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。1970年、東京都港区生まれ。東京慈恵会医科大学卒。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では糖尿病患者の予防医学の観点から臨床・基礎研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。

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