上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「病院食」制約ある中で1食につき40種類以上が作られている

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 入院している患者さんに病院が提供する食事=病院食は、「治療食」とも呼ばれます。文字通り治療の一環であるうえ、入院中の患者さんにとって数少ない楽しみのひとつともいえる大切なものです。

 そんな病院食が、病院にとって少なくない負担のひとつになっているのも事実です。一般の患者さんの場合、「入院時食事療養費」として1食当たり460円を自己負担してもらっていますが、その金額ではとても賄えるものではありません。施設によっては年間数億円の持ち出しになっているところもあり、病院食が病院経営を圧迫しているのです。

 順天堂医院では、病院食のメニューは栄養科の管理栄養士が考えていて、1食につき40種類以上のメニューが作られます。たとえば、糖尿病や高血圧がある患者さんに応じた制限食をはじめ、腎臓病食や肝臓病食といったように臓器ごとの食事管理が行われているため、多くのメニューが必要になるのです。

 さらに、それぞれに対応するガイドラインに沿って、適切なカロリーや、塩分、タンパク質の量などを計算し、それに応じた食材を選んでメニューを作らなければなりません。また、アレルギー食材を避けたり、鳥インフルエンザが発生した場合などに特定の食材が使えなくなってしまうケースもあり、臨機応変な対応も求められます。

 こうした作業が欠かせない病院食を限られた予算の中でやりくりするのは大変です。とにかく低価格で、なおかつ一度に40種類以上のメニューを用意しなければならないため、外部の業者に完全委託することも難しいといえます。以前、ある外食チェーン企業に声をかけたところ、「この価格とメニュー内容では、とてもウチではできません」との回答でした。

 といっても、すべての調理を院内で行っているわけではありません。厨房施設は備わっていますが、そこではメニューに沿って外部で調理されたそれぞれの食事を振り分けたり、温めたりする作業を主に行っています。病院によってはすべて院内の厨房で調理しているところもありますが、全体的には縮小傾向で、今後はさらに外部に委託する部分が増えていくでしょう。

■心臓病食は主に塩分と水分を制限

 治療食の中には、「心臓病食」ももちろんあります。一般的な心臓病食に求められるのは、水分制限と塩分制限です。いずれも、過剰に摂取すると心臓に負担をかけてしまうからです。

 口から摂取した水分は腸から吸収されて血液中に入り、いったん心臓に集まってから全身に送り出されます。酸素や栄養分を全身に送り届け、不要物を受け取って心臓に戻ってきた血液は、最終的に腎臓でろ過されて、不要な老廃物は尿として排泄されます。体内の水分量が過剰になると血液量が増えることになり、ポンプ役である心臓はたくさん働かなければなりません。それだけ負担が大きくなってしまうのです。

 塩分の過剰摂取も心臓に負担をかけます。塩分を取りすぎると、血液の浸透圧を一定に保つために血液中の水分が増加して血液量が増えるのです。また、血液量が増えると血管壁に加わる抵抗が強くなり、血圧を上昇させることにもなります。

 心臓にトラブルを抱える患者さんは、病状によって水分や塩分を制限した食事が必要になるのです。

 食事でコレステロールを制限するケースもあります。コレステロールは動脈硬化を促進させ、心筋梗塞や狭心症といった虚血性心疾患や心臓弁膜症の要因になるため、食事でもコントロールする場合があります。

 よく「病院食は淡泊で味が薄すぎるからおいしくない」といった声を聞きますが、病状に応じた制限食やそれ自体が治療につながる治療食は、投薬や手術などの直接的な治療を補うもののひとつとして、苦心の末に作られているのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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