上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

手術の延期は患者の安全と安心を守るために判断される

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 先日、予定していた「心臓弁膜症」の手術が延期になりました。患者さんの皮膚にアレルギーによる発疹が認められたからです。

 何らかのアレルギーがある患者さんを手術する際は、通常の場合よりも細心の注意が必要になります。術中にアレルギー反応を起こすと血圧が急激に下がり、血液の循環の維持ができなくなるなどして全身状態の維持に苦労するからです。

 まずはアレルギー反応が治まるのを待ち、何が原因でアレルギーが起こったのかを調べ、手術で使う薬や機材をそのアレルギーに抵触しないようなものに変更します。アレルギー反応を起こしにくくするステロイドを前もって点滴して、それからあらためて検査を受けてもらうケースもあります。

 いずれにせよ患者さんの安全を考えると、手術で予期せぬトラブルが起こる前に対策することができてよかったといえます。

 患者さんの状態に少しでも不安な点があれば、医療者側から伝えなければなりません。もしも術中に何らかのトラブルが発生したら取り返しのつかない事態になりかねませんし、術後に患者さんが会話もできない状態になってしまったら、本人はもちろん、ご家族に状況を説明するだけでも大変です。予定よりも患者さんの安全と安心を最優先する必要があるのです。

 いまは新型コロナウイルス流行の影響で、患者さんの手術に対する不安も大きくなっています。「いまの時期に手術なんてして大丈夫なのか」と考える患者さんはたくさんいます。それだけに、なおさら親切で丁寧な対応が求められます。

 今回だけでなく、予定手術が延期になるケースはままあります。手術の直前に患者さんがインフルエンザやヘルペス、ノロウイルスにかかって延期したケースもありました。当然のことですが、感染症がある状態で手術してしまうと、合併症を起こすリスクがアップするからです。その場合、感染症がアクティブな時期に手術はせず、必ずウイルスが完全に制圧されて感染症が治まるのを待ってから、あらためて手術を行います。

■たとえ前日でも手術は中止できる

 ほかにも、「手術を受けるかどうか考え直したい」といった患者さんの訴えによって、延期されるケースもあります。そうした患者さんに対しては、あらためて納得してもらえるまで説明を繰り返します。患者さんの状態によって手術の危険度がどの程度かを示す「リスクスコア」をベースにして、なぜいまのタイミングで手術が必要なのか。心臓の状態を考えると手術を延期することで突然死リスクが高くなってしまう……といった説明を詳しく行い、リスクを共有するのです。

 それでも、「まだ手術はしない」という選択をする患者さんもいらっしゃいます。そうした場合、もちろん患者さんの意思を尊重します。最終的に手術を受けるか受けないかは患者さんが決めることだからです。

 手術を予定している患者さんに対し、私は必ず「たとえ予定日の前日でも、手術したくなくなったらいつでもやめていいんですよ」と伝えます。患者さんには、その直前まで手術を断る権利があるからです。そうした患者の権利を守ってくれる病院は「信頼できる施設」だと判断してもいいでしょう。

 逆に、患者さんが「手術を考え直したい」と申し出たとき、難色を示して、客観的な説明をしないまま半ば脅すようにして手術に誘導する医師や病院は疑ってかかるべきです。何よりも優先すべき「患者さんを守る」という意識がなく、仮に何かトラブルが起こった際に突き放されてしまう可能性があります。

 検討を重ねた手術の延期は、患者さんの安全と安心を最優先した治療の一環なのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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