独白 愉快な“病人”たち

仕事ができなくなっちゃう…声優の森川智之さん喘息を語る

森川智之さん
森川智之さん(C)日刊ゲンダイ
森川智之さん(声優・ナレーター 53歳)=気管支喘息

 どう隠していこうか――。

 40歳を迎え、声優として多忙を極めていたときに「喘息」と診断されてしまった僕は、周りにそれを気づかれてはいけないと思い、必死に「健康ですよ」という空気を出していました。

 声優にとって、声は大事な商品。常にクリアで安定した音を出せなければいけないので、喘息だと知られたら、仕事の現場から呼ばれなくなると思っていたんです。

 喘息は、気道に慢性的な炎症があり、わずかな刺激でそれが悪化しやすく、ひどくなると気道が狭くなって激しい咳の発作やゼイゼイと喉が鳴る喘鳴が起こり、呼吸が困難になる病気です。

 じつは幼い頃、僕の弟が重い喘息を患っていたので、「喘息は怖いもの」というイメージを持っていました。毎晩のように救急車を呼ぶくらい入退院を繰り返している弟がかわいそうで、子供ながらに「なんで自分だけ元気なんだろう」と自責の念を抱いていました。

 後になって、親から「あなたも小児喘息だったのよ」と聞かされましたが、苦しかった記憶はないので「喘息=弟の病気」という認識でした。

 とはいえ、やはり気管支が腫れたり風邪をひきやすい体質ではありました。それでも、若くて体力があるうちは何事もなかったのに、40歳に差し掛かる頃になっていよいよ持ちこたえられなくなったんでしょうね。落ちる体力と反比例するように、仕事量がピークに達していたのでなおさらです。

 風邪ぎみの症状から咳が止まらなくなり、病院で処方してもらった風邪薬でも治まらなくなりました。ベッドで横になると跳びはねるくらい咳き込むようになり、ゼイゼイヒューヒュー言いながら病院に行ったら、「喘息です」と言われたのです。

 病名を告げられたときは、「この仕事できなくなっちゃうな」と思いました。僕の中では喘息は重い病気だというイメージがありましたし、喉を酷使する仕事ですから炎症を起こしやすい。アフレコ中はかすかな咳払いも許されない。演技の咳が引き金になって、咳が止まらなくなってしまうかもしれない……などと悪いことばかり考えてしまいました。

 でも幸い、発作は大抵夜に起こるので、現場で迷惑をかけることはありませんでした。そんなある日、とある声優の先輩が「俺も喘息なんだよ」と、休憩中の雑談で話していたんです。いろいろ聞いてみると、声優界にも喘息の方が何人かいることが分かり、「それなら隠すことないな」と肩の荷が下りました。

■普段の生活から気管を大切にしておく

 それからは主治医に相談して、細かく仕事内容やスケジュールを伝えながら、薬の種類や量、タイミングなどを適切に調整してもらうようになりました。それまでの通院はただ薬をもらいに行くだけで、多少違和感があっても医師には「いえ別に大丈夫です」と言ってしまう患者でした。でも、ちゃんと伝えたほうが医師も方針を立てやすいんじゃないですかね。とにかく自分の体調にアンテナを張って、微妙な変化に気づくよう心掛けました。今はちょっとした違和感でも即病院に行っていますし、ガマンはしません。ただ、薬が必要な状態というのは、体調をコントロールできていないということなので、「いかに普段の生活から気管を大切にしておくか」がこの病気とうまく付き合うポイントだと思います。

 僕の場合、だいたい寝ている時に悪化するので、冬場は枕元に加湿器を設置し、マスク着用はもちろん首にはタオルを巻いて、頭も冷やさないようにフードをかぶって寝ています。首にタオルを巻くのは、詩吟の先生をしていた祖父の直伝です。そんなふうに用心するようになってから風邪をひかなくなりました。

 悪くなってから医者に頼るのではなく、敵(喘息)をよく知り、医師とともにコントロールしていけば喘息でもこの仕事が続けられると学び、今に至っています。

 思えば、高校生の頃にアメリカンフットボールの練習で痛めた頚椎の影響で、30歳前後の時期にひどい頭痛としびれに悩まされたこともありました。そこへ加齢が重なり、じわじわと喘息発症へ近づいたのかもしれません。そのときの頭痛としびれは鍼治療によって改善しました。今も鍼灸院には通っていて体調管理の一環になっています。

 病気になったことで人を思いやれるようになった気がします。喘息になる前は「これを乗り越えればいいんだ」と自分だけの精神論、根性論で生きていました。しかし、43歳でプロダクション会社を起こして、タレントを抱えるようになったら、マネジメントだけにとどまらず、彼らの体調の変化も気付けるようでありたいと思うようになりました。

 芸能界は弱肉強食なので、こちらが「大丈夫?」と聞けば、本当はダメでも「大丈夫です」と答えてしまう心情も含めて気が付いてあげたいんですよね。ちなみに重い喘息だった弟は、今も元気です(笑い)。

 (聞き手=松永詠美子)

▽もりかわ・としゆき 神奈川県生まれ。声優として、アニメ、映画、ナレーション、CM、音楽CDなどで活躍。アニメでは「犬夜叉」の奈落役、「戦国BASARA」の片倉小十郎役で出演。映画ではトム・クルーズ、ユアン・マクレガーなどの吹き替えを担当している。2011年、現在の所属事務所「アクセルワン」を設立。事務所が運営する声優スクールの講師としても活動している。11月8日に「メルパルクホール」(東京・芝公園)でトークライブ「おまえらのためだろ!」を開催予定(生配信あり)。

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